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社説・コラム

『潮流』 「福竜」の調べ

■東京支社編集部長 長田浩昌

 「死の灰」を浴びた木造船の前で、生徒や学生が学芸員の解説を聞き、演奏のイメージを膨らませる。

 1954年、太平洋ビキニ環礁での米国の水爆実験に多くの日本のマグロ漁船が巻き込まれたビキニ事件。被災した第五福竜丸を保存する東京都江東区の展示館を久しぶりに訪れ、中高、大学の吹奏楽部員の来館が増えていると知った。

 きっかけとなった曲がある。「ラッキードラゴン 第五福竜丸の記憶」。重く悲しい表現から、後半は明るくなり、船の魂である「福竜」が天に昇る様子を表す。作曲家福島弘和さん(46)=東京都=が2009年、埼玉県の春日部共栄高吹奏楽部にコンクールの自由曲として提供し、同校は全国大会で金賞に輝いた。

 福島さんに作曲の動機を聞くと、「ビキニ事件を忘れさせてはいけないという義憤に駆られた。いつか曲にしたいと思っていた」。福竜丸を題材にした米国の画家ベン・シャーン(1898~1969年)の絵に詩人アーサー・ビナードさんが文を付けた絵本と出合い、構想した。春日部共栄高吹奏楽部の当時の顧問都賀城太郎さん(63)に曲を頼まれたのを機に書いた。

 偶然も重なる。都賀さんは若い頃、原水爆禁止運動に取り組み、8月6日に広島も訪れた。「この曲を広めたい」。指導は熱を帯び、部員も応えた。金賞受賞で注目された曲は今、各地で演奏されるように。

 今月、11年ぶりに東京支社勤務になった。赴任前、広島の自宅に大学1年の次女宛てのはがきが届いた。広島市内にある高校の器楽部の後輩から定期演奏会の案内だった。演目に「ラッキードラゴン―」。被爆地でも奏でられる。

 展示館のホームページにある。「第五福竜丸は原水爆のない未来へと航海をつづけます」―。若者の織りなす調べが、その視界を明るくする力になればいい。

(2018年3月13日朝刊掲載)

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