社説 自民党の改憲論議 政治の信頼回復が先だ
18年3月19日
安倍晋三首相の意をくんで改憲論議を進めてきた自民党で、不協和音が目立ち始めた。もともと論議の進め方や改憲案の中身を巡っては、党内外で反発があった。「森友文書」の改ざん発覚により政権の求心力が低下しているのも影響していよう。
教育充実など首相が目指す改憲4項目の中でも「本丸」と目されるのが、9条への自衛隊明記案である。首相ペースで進んできた党内論議だが、その揺らぎを象徴するのが、おとといの党憲法改正推進本部である。
細田博之本部長としても25日に党大会を控え、本部長一任を取り付ける算段だった。だが真っ向からの反対や慎重論が相次ぎ、意見集約は先送りとなる。
20日にも予定される次回会合で決着を図ろうにも、党内の思惑の違いを埋め切れるのか。連立政権を組む公明党はかねて9条改憲に慎重だ。政治不信の高まりは無視できず、改憲論議に不透明さが増したのは確かだ。
推進本部がテーブルに上げた七つの改憲案に目を向けたい。戦争放棄を掲げる1項の維持を前提とした上で、戦力不保持をうたう2項の「維持」が5案、「削除」が2案に分かれる。首相や細田氏らの念頭にあるのは2項維持で自衛隊保持を記す「9条の2」新設案とされる。
自衛隊は「必要最小限度の実力組織」「首相を最高の指揮監督者」とし、行動に縛りをかけるため「国会の承認その他の統制に服する」と明記している。
現行9条に3項を設けず、別建てにしたのは平和憲法の根幹に一切手を触れていないというアピールと見ていい。国民の警戒心が高まれば、国会発議後の国民投票で過半数の賛成を得にくいと考えてのことだろう。
2項削除を求める石破茂元幹事長の主張に沿った案や、「国防軍」創設を掲げる2012年の党憲法改正草案に比べると、穏当な表現だとの声もあるようだ。ただ「9条の2」案は、矛盾や課題を数多く抱えている。
引っ掛かるのは自衛隊を「自衛のため」としてきた歴代の政府解釈が記されていないことだ。解釈改憲で押し切った集団的自衛権の行使容認を巡る論争を蒸し返したくないのだろう。安全保障関連法が施行され、9条改憲も曖昧な表現となれば、自衛隊の任務や活動範囲が際限なく広がる懸念は拭えまい。
戦力不保持の2項を維持しながら、実力組織の自衛隊の存在を明記するのも、問題の本質論を避けているに他ならない。
9条は日本国憲法の核心だ。その中で自衛隊をどう位置付けるか。問題提起をすること自体はおかしな話ではない。ただ自民党の改憲案は生煮えで、国民の賛否を問える内容ではない。
改憲案の中身も、20年の東京五輪に合わせた新憲法施行のスケジュールも、首相の個人的願望に沿った形だ。忘れてならないのは改憲の発議権限を持つのは国会で、首相が介入する筋ではないことだ。三権分立の侵害は、「1強体制」のおごりそのものといえよう。
そもそも急ぐべきは改憲論議より政治の信頼回復ではないか。「森友文書」改ざんは憲法15条で、「全体の奉仕者」を命じられている公務員が手を染めていた。憲政史上に汚点を残す不祥事だ。民主主義を土台から立て直すことが、今の政治に課せられた使命である。
(2018年3月17日朝刊掲載)
教育充実など首相が目指す改憲4項目の中でも「本丸」と目されるのが、9条への自衛隊明記案である。首相ペースで進んできた党内論議だが、その揺らぎを象徴するのが、おとといの党憲法改正推進本部である。
細田博之本部長としても25日に党大会を控え、本部長一任を取り付ける算段だった。だが真っ向からの反対や慎重論が相次ぎ、意見集約は先送りとなる。
20日にも予定される次回会合で決着を図ろうにも、党内の思惑の違いを埋め切れるのか。連立政権を組む公明党はかねて9条改憲に慎重だ。政治不信の高まりは無視できず、改憲論議に不透明さが増したのは確かだ。
推進本部がテーブルに上げた七つの改憲案に目を向けたい。戦争放棄を掲げる1項の維持を前提とした上で、戦力不保持をうたう2項の「維持」が5案、「削除」が2案に分かれる。首相や細田氏らの念頭にあるのは2項維持で自衛隊保持を記す「9条の2」新設案とされる。
自衛隊は「必要最小限度の実力組織」「首相を最高の指揮監督者」とし、行動に縛りをかけるため「国会の承認その他の統制に服する」と明記している。
現行9条に3項を設けず、別建てにしたのは平和憲法の根幹に一切手を触れていないというアピールと見ていい。国民の警戒心が高まれば、国会発議後の国民投票で過半数の賛成を得にくいと考えてのことだろう。
2項削除を求める石破茂元幹事長の主張に沿った案や、「国防軍」創設を掲げる2012年の党憲法改正草案に比べると、穏当な表現だとの声もあるようだ。ただ「9条の2」案は、矛盾や課題を数多く抱えている。
引っ掛かるのは自衛隊を「自衛のため」としてきた歴代の政府解釈が記されていないことだ。解釈改憲で押し切った集団的自衛権の行使容認を巡る論争を蒸し返したくないのだろう。安全保障関連法が施行され、9条改憲も曖昧な表現となれば、自衛隊の任務や活動範囲が際限なく広がる懸念は拭えまい。
戦力不保持の2項を維持しながら、実力組織の自衛隊の存在を明記するのも、問題の本質論を避けているに他ならない。
9条は日本国憲法の核心だ。その中で自衛隊をどう位置付けるか。問題提起をすること自体はおかしな話ではない。ただ自民党の改憲案は生煮えで、国民の賛否を問える内容ではない。
改憲案の中身も、20年の東京五輪に合わせた新憲法施行のスケジュールも、首相の個人的願望に沿った形だ。忘れてならないのは改憲の発議権限を持つのは国会で、首相が介入する筋ではないことだ。三権分立の侵害は、「1強体制」のおごりそのものといえよう。
そもそも急ぐべきは改憲論議より政治の信頼回復ではないか。「森友文書」改ざんは憲法15条で、「全体の奉仕者」を命じられている公務員が手を染めていた。憲政史上に汚点を残す不祥事だ。民主主義を土台から立て直すことが、今の政治に課せられた使命である。
(2018年3月17日朝刊掲載)