社説・コラム

『今を読む』 写真家 高橋美香

危機深まるパレスチナ 故郷と人生 取り戻せない

 3年ぶりにパレスチナを訪れた。米トランプ政権がエルサレムをイスラエルの首都として認定したばかりだ。国連総会では撤回を求める決議を圧倒的多数で採択したが、意に介している様子はない。

 一時は世界中の注目が集まったが、エルサレムのアラブ系住民である友人は冷ややかに突き放す。「長年にわたって『エルサレムのユダヤ化』が進められていることに対しては大きな声も上がらないのに、こんなときだけ大騒ぎ。トランプの宣言があろうとなかろうと、エルサレムは完全なイスラエルの占領下だ」

 パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区のジェニン難民キャンプで、2011年からアワードという一家をカメラで追い続けている。キャンプは02年に軍事侵攻を受けた。一家の父親イマードはイスラエル軍兵士に連行され、拷問で体調を崩して46歳で亡くなった。晩年は頭を抱えてうつろな目をして部屋の隅にうずくまっているばかりだった。

 今回一家を訪ねると、長男カマールが昨年8月、やはり兵士に連行され、勾留されて裁判中だった。容疑は「投石をしたこと、殺された幼なじみのハムザを支援していたこと」。多額の罰金のほか禁錮1年半を求刑されていた。

 裏庭では多数の鶏とガチョウが鳴き声を上げていた。昨夏「日本のひよこを連れてきてよ。掛け合わせて新種の鶏を育てたい」と電話口で笑っていたのは、あながち冗談ではなかった。彼の不在が悲しかった。だが、その息子たちは、鶏が産んでくれる卵を、笑顔で両手に抱えていた。

 イスラエルとヨルダン川西岸地区の間の「分離壁」や入植地建設などの問題で、イスラエルは国際法違反を繰り返すが、国連でのほとんどの非難決議が、常任理事国である米国の拒否権によって否決されている。また、制裁を伴わない決議には効力もない。

 イスラエルと米国の言うなりの「和平」交渉を拒否するパレスチナ自治政府に圧力をかけるため、米国は国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への資金拠出凍結を発表した。教育、医療、清掃、ごみ収集、食料支援など生活に直結した影響が予想されるため、難民キャンプでも不安の声が上がっていた。

 しかし、ある男性は「もう支援なんて望まない。ただ私たちの故郷を返してほしいだけ。また、そう願いながら死んでいった父や祖父の人生を返してほしいだけだ」と私に語った。「日本政府は多額の支援金をUNRWAに出してくれている。でもお金を出すだけではなく、イスラエルや米国の横暴に対してハッキリと反対の声をあげてほしい」という訴えも寄せられた。

 3月30日は毎年、「土地の日」としてパレスチナ人による抗議のデモが行われているが、ことしはガザ地区での「故郷への帰還」を訴える国境沿いのデモ行進にイスラエル軍兵士が発砲。この日だけで15人が殺され、1400人以上が負傷したと報じられた。さらに翌週「プレス」と記された防弾チョッキを着用していたにもかかわらず狙撃された地元のジャーナリストヤセルさんも亡くなった。

 「国境なき記者団」はこれを「意図的な銃撃」として非難。「独立した調査を求める」というグテレス国連事務総長発言を支持する安全保障理事会は、イスラエルへの非難声明を出そうとしたが、米国の反対で否決された。

 以前、やはりジェニン難民キャンプで02年のイスラエル軍事侵攻の悪夢を語る男性から「世界中があの時、黙ってそれを眺めるだけで、誰も助けてくれなかった。世界中から見捨てられたように感じた」と聞かされたことがある。度重なるガザ地区への軍事侵攻の時も同じだった。

 恐らく、イエメンやシリアの人々もそのように感じているのではないだろうか。今のままでは国連も国際法も、ひと握りの大国の利益のために形骸化を余儀なくされ、意味をなさなくなっている。この不条理を、彼らはどのような思いで見詰めているのだろうか。私たち日本人にはいま、彼らの声にどのように応えていくのかが問われている。

 74年府中市生まれ。東京国際大卒。世界の紛争地に生きる人々を撮り続ける長倉洋海氏を通じて写真の世界へ。近著は「それでもパレスチナに木を植える」(未来社)。さいたま市在住。

(2018年4月17日朝刊掲載)
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