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「回天」搭乗員 残った肉声 周南 記念館に音声再生装置

いつまでも みんなと一緒に楽しく暮らしたい

 旧日本海軍の人間魚雷「回天」に搭乗し、21歳で戦死した塚本太郎少尉の音声の再生装置が17日、出撃基地があった周南市大津島の回天記念館に設置された。古里の東京の家族への感謝と、特攻の覚悟を静かな口調で語っている。戦死した搭乗員で唯一残る肉声のメッセージとなる。

 再生ボタンを押すと随時流れる音声は2分35秒。冒頭は、二度と帰れぬことを分かっていながら、愛する家族への思いを語る。「もっと、もっと、いつまでもみんなと一緒に楽しく暮らしたい」「愉快に勉強し、みんなにうんとご恩返しをしなければならない」

 後半は一転「僕はこんなにも幸福な家族の一員である前に日本人であることを忘れてはならない。人生20年。余生に費やされるべき精力の全てをこの決戦の一瞬にささげよう」と決意。「みんな、さようなら。元気でいきます」と結ぶ。

 塚本少尉は慶応大から学徒出陣。1945年1月、大津島から西太平洋ウルシー環礁まで潜水艦で運ばれ出撃。帰らぬ人となった。音声は東京の自宅でレコードに録音。劣化で聞けなくなるのを防ぐため、弟の悠策さん(82)=千葉県松戸市=がカセットテープに録音し直し、保管していた。

 装置は記念館がことし11月に開館50年を迎えるのに合わせて設置。悠策さんが音声使用を承諾した。悠策さんは「文字ではなく、生の声だからこそ伝わるものがあると思う。兄やほかの搭乗員、その家族に思いをはせ、戦争について考えるきっかけになれば」と話している。(桑田勇樹)

回天
 旧日本軍が1944年に採用した特攻兵器。1人乗りの操縦室を取り付けた魚雷(直径約1メートル、全長約15メートル)に多量の爆薬を搭載した。20歳前後の若者が搭乗し、敵艦に体当たりするため潜水艦から出撃した。訓練を受けた搭乗員1375人のうち、106人が戦死。整備員たちも含めると死者は145人に上った。

(2018年5月18日朝刊掲載)
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