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平和の盆踊り72年ぶり復活 原爆死没者悼み 旧市民球場跡地で8月

 被爆1年後の夏、廃虚の広島市基町で行われた盆踊り大会が、「ひろしま盆ダンス」として72年ぶりに復活する。8月11日、中区の旧市民球場跡地で実施される。原爆死没者を悼み、復興に挑んだ人々の営みに思いをはせながら、参加者が世代や国境を超えて平和を体感する新たな集いの場を創出しよう―。中国新聞社が市民団体などと呼び掛けて開く。

 1946年の「戦災供養盆踊り大会」は、本社が主催して同8月7日、鳥居だけが残った広島護国神社跡で行われた。仁保町(南区)や吉田町(安芸高田市)の青年団など8団体が出場した。翌8日付の朝刊は、「水都の爆心地に平和広島の賛歌は打ち出す…」と廃虚に建てた簡素なやぐらの周りで、太鼓の音に合わせて踊る男女の姿や熱気を写真入りで報じている。

 原爆で13万7千人余りまで減った市人口は、疎開者や引き揚げ者らの転入で46年春には16万人台となったが、米など配給の遅配が続き、全壊・全焼した学校の再建もままならなかった。

 そうした中、市町会連盟は原爆から1年を前にした46年8月5日、「平和復興市民大会」を護国神社跡で開き、広島の再建を訴える。郷土芸能の復活でもあった戦災供養盆踊り大会は関連行事として開かれた。基町は、県・広島市の復興事務所が置かれ、護国神社跡には後に市民球場が建設されるなど広島復興の拠点となっていった。

 廃虚の戦災供養盆踊りは、翌47年は第1回平和祭(現平和記念式典)の行事として新天地広場(中区)を会場に行われた。

 新たな「ひろしま盆ダンス」は来場者が一体の「総踊り」をメインに、各種団体が踊りを披露する。海外からの観光客も気軽に輪に入れるよう趣向を凝らす。「移民県」でもあった広島から渡り、ハワイや米国西海岸、ブラジルなどに根付いた、日系の盆踊りの熱気も紹介するという。

 広島市が今夏に刊行する「被爆70年史」の編修研究会、中川利国事務局長(61)は「心身ともに苦しい時代に立ち上がった人たちのエネルギーを、今を生きる人々が感じられるイベントになれば意義深い」とみている。(新本恭子)

平和復興祭
 町内会組織である広島市町会連盟が1946年8月5日、「世界平和」「郷土復興」を訴える市民大会を開き、主に7日まで関連行事が続いた。盆踊りのほか、音楽会や復興展示即売会、映画会もあった。広島市などによる「平和祭」は47年に始まり、現在の平和記念式典となった。

(2018年6月14日朝刊掲載)
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