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[ヒロシマは問う どうみる米朝首脳会談] 元日朝国交正常化交渉政府代表 美根慶樹氏

非核化の足を引っ張るな

 米国と北朝鮮の共同声明は、驚くべき内容を含んでいる。例えば「両国民が平和と繁栄を願っていることに応じて」新たな米朝関係を築く、との一文。わざわざ国民の願いに言及したのは、民主的な方法で両国関係をつくる原則を北朝鮮に認めさせたのに等しい。極端に独裁的で、人権問題を抱える北朝鮮のこれまでの在り方を踏まえれば、かなり譲歩させた表現だ。

 声明はまた、朝鮮半島の平和体制を築くために「両国が共に努力する」とうたった。米国が南北統一に関与する、とのメッセージで、大きな意味を持つ。

 非核化についても、具体性には欠けたが、首脳同士がこれから協議すると合意した。検証などのプロセスは非常に複雑で、成果が出せるか否かは慎重に見なければならないが、少なくとも具体的な内容や時期を詰める方向に向かっている。

 この流れができた背景には、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に自ら会いたい、というトランプ米大統領の強い思いがあった。トランプ氏は北朝鮮の挑発行為を非難し、「全ての選択肢がテーブルの上にある」と脅す一方、就任後1年で少なくとも5回、金氏に対して「友人になれる」などと好意的な発言を重ねていた。それは大きなメッセージだった。金氏は耳をそばだてて聞いていたはずだ。

 トランプ氏が硬軟織り交ぜてきたのに対して、日本は圧力一辺倒だった。「日米の立場は完全に一致している」と言い続けたが、実際は違った。対話に極めて慎重な姿勢を貫き、自ら外交の幅を狭めた日本は、今になって急な方向転換を迫られている。

 拉致問題では、北朝鮮が解決済みと主張し、日本は調査が続けられるとの立場だ。日朝政府が対話し、この矛盾を解消することが先決だ。非核化では、在日米軍が次の議題になりつつある。日本が何を言うのかが問われる。非核化の足を引っ張らないことが大事だ。

 被爆地の訴えには非核化の流れを強める力がある。世界には今なお、核被害の実態を分かっていない人がたくさんいる。無差別に、過度に、罪なき市民を殺傷する非人道性をいかにインパクトを持って伝えるか。その方法を考えるのは、政府、研究者、メディアなど、日本全体の問題でもある。(田中美千子)

みね・よしき
 1943年、兵庫県生まれ。東大卒。外務省入省後、在ジュネーブ軍縮代表部大使などを歴任し、2007~09年、日朝国交正常化交渉政府代表。14年、東京都内に「平和外交研究所」を開設し、代表を務める。

(2018年6月26日朝刊掲載)

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