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社説・コラム

『記者縦横』 核廃絶 「足元」から問う

■報道部 水川恭輔

 「記事にある竹田清さんと母はお見合いしたことがあります」―。7月に担当した連載「爆心地下に眠る街」について広島県内の女性から手紙が届き、胸を突かれた。米国による原爆投下前、清さんは原爆資料館本館(広島市中区)が立つ場所で米穀店とそろばん塾を経営。遺構の発掘や親類の思いを連載で報じた。

 女性の母は、戦後に別の男性と結婚して今年2月に亡くなった。生前「明るくて優しそうな人だった」という清さんの思い出や、一家の「全滅」を女性に話していたという。米穀店では、当時30歳の清さんたち母子7人が被爆死した。

 手紙を読み、旧中島地区(現平和記念公園一帯)の被爆前の市民の営みを取材しようと考えた初心が再度こみあげた。公園で「足元」から核兵器の禁止、廃絶を考えてほしいとの思いだ。

 核兵器禁止条約は前文で制定論拠に「いかなる核使用も無差別攻撃を禁じる国際人道法に反する」点を挙げた。公園に眠る消し去られた街の遺構は、まさに条約の正当性を示す証拠だ。

 しかし、公園での平和記念式典のあいさつで安倍晋三首相は禁止条約に言及すらしなかった。松井一実市長の平和宣言も、日本政府に条約の署名、批准を真正面からは求めなかった。

 手紙の女性の母は享年97歳で「孫、ひ孫それぞれ10人に愛された」という。被爆で未来を断たれなければ清さんはどんな人生を歩んだだろうか―。犠牲者の無念に向き合い、被爆地から政府の姿勢を問いたい。

(2018年8月10日朝刊掲載)

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