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社説・コラム

社説 ノーベル平和賞 性暴力根絶する契機に

 卑劣な性暴力を根絶するために国際社会は行動を―。そんなメッセージが込められているのだろう。

 ノルウェーのノーベル賞委員会は、2018年のノーベル平和賞を紛争下の性暴力と闘う男女2人に授与すると発表した。アフリカ中部コンゴ(旧ザイール)の産婦人科医デニ・ムクウェゲさん(63)と、イラクのクルド民族少数派ヤジド教徒のナディア・ムラドさん(25)である。

 ムクウェゲさんは、1990年代から政府軍と反政府勢力による戦闘が続くコンゴ東部で、暗殺未遂に遭いながらも、性暴力被害者の治療に尽くす。自身が設立した病院に5万人以上の少女や女性を受け入れ、心のケアや生活支援にも当たる。

 イラクを逃れ、今はドイツを拠点に人権擁護活動を展開するムラドさんは、ヤジド教徒を敵視する過激派組織「イスラム国」(IS)に家族を殺され、自らは拘束されて性奴隷にされ、レイプや拷問を繰り返し受けた。何とか生還した後は、国連などで体験を語り、性暴力根絶を訴える活動を続ける。

 ノーベル賞委員会は「身の危険を顧みず戦争犯罪と闘い、被害者のために正義を追求した」と2人を評価した。勇気ある行動に敬意を表したい。

 受賞の知らせに、ムクウェゲさんは「紛争で傷ついた全ての女性にささげる」と強調。ムラドさんも「全ての被害者と分かち合う」との声明を発表し、国際社会に加害者の処罰や被害者の支援など、早急な対応を求めている。国際社会はその訴えに真剣に向き合わねばならない。

 紛争地では、銃や爆弾で街を破壊し、命を奪うだけでなく、地域社会を破壊するため、レイプなどの性暴力が「武器」にされている実情がある。それを国際社会が深刻な問題として捉えるようになったのは、近年になってからだ。

 国連安全保障理事会で「紛争下の性暴力防止に関する決議」が採択されたのは2008年。紛争下の性暴力は「戦争犯罪」であり、「人道に対する罪」「ジェノサイド(大量虐殺)」だとした。性暴力をなくすことが国際平和の前提であるとの認識も明確にした。しかし、今なおムラドさんが体験したような蛮行は絶えない。

 ノーベル賞委員会は授賞理由の中でも、今年が決議から10年の節目であることに言及した。国際社会はいま一度、こうした認識を共有せねばなるまい。

 戦時の性暴力は長く世界の歴史においても繰り返されてきた。今回の平和賞がそんな人類の歴史の暗部にも光を当てる意味は大きい。

 レイスアンデルセン委員長は異なる地域の2人を同時に選んだことについて「われわれが直面しているのはコンゴやイラクが個別に抱える問題ではなく、世界共通の問題であることを示した」と述べた。「女性への虐待に目を向けることが重要」とし、性被害を告発する運動として世界に広がる「#MeToo」(「私も」の意)運動とも共通する、との考えも示した。

 性暴力はいかなる状況にあっても人間の尊厳を脅かす許されない行為である。日本を含む国際社会が性暴力の問題をわがことと捉え直し、根絶に向けた取り組みを急ぐ必要がある。平和賞をその契機にすべきだ。

(2018年10月9日朝刊掲載)

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