×

社説・コラム

社説 INF廃棄条約 米離脱 核の冷戦 後戻りさせぬ

 とんでもないことを、トランプ米大統領がまた言いだした。

 冷戦末期の1987年に米国と旧ソ連が結んだ中距離核戦力(INF)廃棄条約から離脱する方針を表明した。米側にすれば、ロシアが条約を守っていないからだとの主張である。

 条約が破棄されれば、米ロが核・ミサイル強化を本格的に再開し、中国も交えた三つどもえの軍拡競争を招く恐れがある。北朝鮮との非核化交渉にもマイナスの影響を及ぼしかねない。

 「核なき世界」を願う広島、長崎の被爆者の心を踏みにじる動きだ。私たちは核軍拡や冷戦時代への後戻りを断じて許さない。核兵器禁止条約の早期発効を願う国々と共に、米国に方針撤回を強く求めていきたい。

 かねて強硬な政治姿勢を見せるトランプ氏は、ことし2月に核の使用条件緩和や小型核開発を盛り込んだ新たな核戦略指針「核体制の見直し(NPR)」を公表した。5年ぶりとなる臨界前核実験を再開したことも、先日明らかになったばかりだ。

 条約離脱には6カ月前の通告が義務付けられている。21~23日のロシア訪問を予定していた国家安全保障問題担当のボルトン米大統領補佐官がロシアの条約違反を指摘し、トランプ氏の意向を伝えるとみられる。

 ロシアのプーチン大統領がどう反応するか予想し難い。米紙によると、トランプ氏は数週間以内に離脱の最終判断を下す予定だが、米ロともいま一度立ち止まって考えるべきだろう。

 INF廃棄条約の歴史的な意義に目を向けたい。当時の米ソ首脳はレーガン大統領とゴルバチョフ書記長で、冷戦終結に向けて手を取り合った。

 廃棄対象は地上配備で射程500~5500キロの、いわゆる中・短距離の核ミサイルだ。日本などアジアや欧州に向けられた核の脅威を取り除くのが狙いとされ、特定分野の核戦力をそぐ史上初の条約だった。現地査察制度も取り入れ、米ソで計2692基の廃棄につながった。

 その後、米国のオバマ前政権が曲がりなりにも核軍縮の意欲を国際社会に示したものの、米ロの相互不信は根深い。米軍が昨年、ロシアが条約違反の新しい地上発射型巡航ミサイルを配備したのを確認したと表明したのも、けん制球と見ていい。

 米政府内ではロシアが条約を守らない限り、2021年度に切れる米ロの新戦略兵器削減条約(新START)も更新すべきではないとの声もあり、核軍縮は正念場を迎えよう。

 ロシアの脅威に加え、トランプ氏の頭を占めるのはINF廃棄条約の枠外にいる中国の存在だ。きのう記者団の前でも中ロを名指しし「米国だけが条約を順守するつもりはない」と訴えた。かねての対外強硬論としても、このタイミングはなぜか。

 来月6日の米中間選挙に向けた保守層への政治的なアピールと見る向きもあるが、「新冷戦時代」と評される米中ロの対立構造の中で、核戦力で米国の優位を保ちたいのが本音だろう。あまりにも愚かな発想である。

 世界中を駆け巡ったニュースを安倍晋三首相がどう受け止めたか。かねて米ロ首脳との友好関係をアピールしてきた。米国が差し伸べる「核の傘」の下で思考停止するのではなく、被爆国として、核大国を戒める責任を今こそ果たすべきだろう。

(2018年10月22日朝刊掲載)

年別アーカイブ