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社説・コラム

『言』 歴史との向き合い方 他者への想像力失うまい

◆日本女子大教授 成田龍一さん

 平成の終幕となる年が明けた。この30年を踏まえ、私たちは新たな時代にどう歩み出せばいいのだろう。ヒロシマ・ナガサキの記憶に関する論考もあり、近現代史を多様な切り口から読み解いてきた歴史学者の成田龍一・日本女子大教授(67)に、考えを聞いた。(論説委員・森田裕美、写真・浜岡学)

  ―平成の30年は、どんな時代だったと言えるのでしょう。
 平成の終わりとともに、「平成史」とのくくり方で歴史を考えようとの動きが出ています。ただ昭和の戦争のように語れる共通体験に乏しく、まとめにくい時代と言われます。それをひとくくりに平成として語るのは少々むちゃな試みに思えます。

  ―どういうことですか。
 一世一元の制が定められたのは明治維新からで、元号と天皇が一致するというのは近代に入ってからです。そのため明治以降、元号が代わるたびに明治史、大正史、昭和史というくくりをしてきましたが、歴史においてそうした区切り方に根拠があるわけではありません。

  ―ではどんなふうに平成を見ればいいのでしょうか。
 1989年という平成の始まった年はくしくもベルリンの壁が崩壊した年です。つまり冷戦体制の崩壊と一致します。世界の大きな流れの中で、日本がこの30年をどう歩んできたか考えてみることには意味があると思います。

  ―冷戦体制の崩壊という視点から、光を当ててみるということですね。
 その通りです。この観点によって今、目の前で起きている問題が、歴史的文脈を持って見えてきます。例えば近年、注目される安全保障問題です。米ソのパワーバランスで成り立っていた冷戦下の国際関係が崩壊した後、国際社会ではさまざまな模索がなされ、その先に今の日米関係があります。問題は、現時点だけを見ていても解決できないものです。

  ―国内にはどんな影響がありましたか。
 日本では冷戦体制の崩壊で、自民党が長く政権を握り、社会党が野党第1党であったいわゆる55年体制が終わります。自民党の単独政権は成り立たなくなり、93年には非自民の連立政権ができ、2009年には当時の民主党による政権交代も起きました。

  ―そうした動きは、今の政治状況にもつながりますか。
 例えば現政権の政策が強い批判を浴びても「1強」と言われる状態が維持されますが、その背景の一つに、55年体制が崩れて導入された小選挙区制が見えてきます。つまり、今起きている出来事一つ一つは、実はばらばらなものではなく、すべて通じているのです。

  ―視点を変え、今を読み直すと面白いですね。
 もう一つ見えてくるのは、冷戦崩壊が加速させたグローバリゼーションです。新自由主義的な考えが広がり、人々は「今」か「昔」かと瞬時に判断が迫られ、時間の遠近をなくしました。認識の単純化ですが、「今」「ここ」の成果が重視されるようになると、過去の歴史は邪魔になるということです。

  ―思考の単純化は、現在にどんな影響をもたらしますか。
 冷戦体制は第2次大戦の延長線上にあり、歴史は現在を知る上で重要なものだった。しかし冷戦崩壊後は、現在と切り離され、今のみが強調され、現在に至る時間の刻みがなくなりました。のっぺらぼうな時間意識を創り出してしまった。私たちはその時間に一つ一つ刻みを入れる必要があります。

  ―歴史を「昔」としてしまわず、現在に至る流れを丁寧に検証していくということですね。
 はい。そうすれば、例えば現在、日中や日韓の間で取り沙汰されている歴史認識をめぐる問題でも豊かな議論ができるようになるのではないでしょうか。

 グローバリゼーションによる思考の単純化は、「歴史」を消したと同時に「他者」も消してしまったように思います。そして、他者には他者の歴史があることまで消去して、世界を「われわれ」で覆いつくしてしまう。仲間と、そうでない人に線引きをし、他者への想像力も欠いてしまっています。

  ―想像力を取り戻す必要がありますね。
 その意味では、歴史教育が大切であると思います。22年度に実施される高校の学習指導要領は、大きな舵(かじ)の切り方をしています。歴史教育において重要なのは知識とともに、思考力、判断力、表現力であると明示しました。

  ―根本的な転換ですね。歴史は暗記科目と思っていました。
 歴史を単なる知識、暗記物として学ぶということは、歴史は一つだと学ぶことにつながります。しかし歴史の見方は一つではありません。一つの事実を巡っていろんな解釈ができます。

  ―単に事実の羅列でなく、解釈や認識を深めることが、未来を変えますか。
 この新しい方針が理念通りに進めば、例えば歴史認識をめぐる問題についても、すでに解決済みという立場に凝り固まるのではなく、お互いの解釈を巡って議論ができるようになります。なぜ違った歴史解釈があるのかなど根本的に考えていくことができるようになります。

 国際問題もそれぞれが史料を基に根拠を示して語り合えば、相手が理解できない他者ではなくなり、折り合いや折衝もできます。対話につながります。歴史教育の転換は、その種まきだと考えています。

  ―これからの時代に向け、私たちに何が求められますか。
 まさに未来への舵取りが試されています。今は大きな歴史の転換点にあります。明治維新から日本が目標としてきた「近代の価値」が疑われています。例えば、規模が大きくなることがいいことか。戦後70年余りが過ぎ、「戦後」にもリアリティーがなくなっています。記憶をどう語り継ぎ、経験を共有していくかは、ヒロシマにおいても大切な課題でしょう。

 歴史は今を考える手掛かりに満ちています。歴史をひとくくりにして現在と切り離してしまうのではなく、多様な価値観の中から、今を読み解いていく力をつけなくてはなりません。

なりた・りゅういち
 大阪市生まれ、東京育ち。早稲田大大学院博士課程修了。96年から現職。専門は歴史学、近現代日本史。中学・高校の歴史教科書執筆にも携わる。著書に「増補〈歴史〉はいかに語られるか」「戦後史入門」など。近く「近現代日本史との対話」(上下巻)を刊行する。

(2019年1月1日朝刊掲載)

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