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社説・コラム

社説 核兵器廃絶への道 広島から うねり今こそ

 イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、世界的ベストセラーの近著「ホモ・デウス」で、こう主張している。

 何千年も人類を悩ましてきた飢餓、疫病、戦争をこの数十年、私たちは首尾よく抑え込んできた。この先何十年も膨大な犠牲者を出し続けるだろうが、対処可能な課題になった―。

 確かに飢餓や疫病は科学や技術の進歩で減った。では戦争はどうか。著者は言う。核兵器を持つ超大国間の戦争は集団自殺に似た行為になった。争いを解決するため、他の平和な方法の発見を強いられた、と。

人類破滅の恐れ

 核戦争が起これば人類の破滅につながる。そんな被爆地の訴えが世界中に広まってきた証しではないか。その結実が、おととし国連で採択された核兵器禁止条約だろう。被爆者らの長年の努力のたまものである。

 これまでに19カ国・地域が批准した。発効条件である50カ国・地域の批准には足りないが、署名した国・地域は69に上る。そうした国が批准すれば、発効条件はクリアできる。時間の問題と言えるのではないか。

 スペインが署名する可能性がある。予算案賛成と引き換えで野党と政府が合意したという。もし署名すれば、米国から「核の傘」を差し掛けられている北大西洋条約機構(NATO)加盟国では初めてで、大きな前進となるのは間違いない。

 気になるのは、米国をはじめ超大国の動きである。水面下の圧力などで禁止条約の署名や批准を遅らせている、と指摘される。発効を妨げようとする姿勢は、核保有国にとって条約がどれほど恐ろしいか、つまり効果的かを示していると言えよう。

 ほかにもトランプ米政権は危うい政策を次々展開している。就任1年目に5年ぶりとなる臨界前核実験を再開した。昨年2月には、核の使用条件緩和や小型核開発を盛り込んだ新たな核戦略指針「核体制の見直し」を公表。秋にはロシアとの中距離核戦力(INF)廃棄条約について、ロシアが条約を守らなければ今年2月には条約履行をやめると最後通告を突き付けた。

 北朝鮮との首脳会談は評価できる。しかし朝鮮半島非核化への道筋はまだ見えてこない。むろん軍縮への真剣さを欠くのは米国だけでない。ロシアと中国の軍拡の動きも活発だ。

日本は決議反対

 そんな中、被爆国として核保有国に軍縮を迫らなければならない日本政府の米国寄りの態度が目立つ。昨年12月に国連総会で採択された、各国に核兵器禁止条約への署名と批准を促す決議案に米国などと反対した。禁止条約を進める非保有国と保有国との「橋渡し役」を果たすと言いながら、棄権ですらなく反対したことに怒りを覚える。

 禁止条約の批准を政府に迫る「ヒバクシャ国際署名」を被爆者たちが進めているが、既に1100人を超す市町村長と、20人の知事が署名した。多くの国民は核兵器のない平和な世界を願っている。そうした声に政府は耳を傾けるべきだ。

 「核廃絶への道は始まったばかりだ。一人一人が行動を起こし、政府を動かさないといけない」。おととしのノーベル平和賞授賞式でスピーチした、カナダに住む広島の被爆者サーロー節子さんが昨年11月、広島を訪れ、市民にそう呼び掛けた。

 日本が禁止条約を批准し、早期発効につなげることが核なき世界への道を切り開く。そんな大きなうねりを広島からつくりだしていかなければならない。

法王訪問に期待

 今年11月以降には、ローマ法王フランシスコが広島と長崎を訪れる。法王の被爆地訪問は1981年2月のヨハネ・パウロ2世に続き2度目となる。2013年の就任以来ずっと核兵器廃絶の必要性を訴えてきたそうだ。核なき世界を真剣に目指している法王だけに、被爆地でのスピーチは世界中の多くの人の心に届くはずだ。

 同じ目標を私たちも掲げている。かたくなに核軍縮を拒む保有国政府を動かすため、人類の未来を守ろうとする人たちとの協力の輪を広げていきたい。

(2019年1月4日朝刊掲載)

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