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社説・コラム

社説 広島県・市の被爆建物 保存・活用へ 待ったなし

 広島県と広島市が所有する被爆建物について、遅ればせながら保存・活用に向けた検討が始まった。

 市内で最大級の被爆建物・旧陸軍被服支廠(ししょう)(南区)の一部を所有する県は先月、爆心地に近い1棟と周辺を平和学習の場とする改修案をまとめた。広島大本部跡地(中区)に市が所有する旧理学部1号館についても有識者による検討会が、平和研究・教育の国際拠点とするよう提案した。

 いずれも長く方針が定まらなかった建物である。ようやく一歩を踏み出したと言えるが、具体的中身はこれからだ。今こそ県と市の本気度が問われよう。

 原爆が投下され、ことし74年になる。被爆の爪痕を残す「無言の証人」はますます重みを増すはずだ。ところが建物は老朽化が進み、待ったなしの状況だ。市民も巻き込んだ積極的な議論が急がれる。

 旧陸軍被服支廠は戦時中、軍服などを製造した軍需工場だった。被爆の爆風で鉄扉などが変形したものの倒壊は免れ、負傷者の臨時救護所になった。今もその場に身を置けば、被爆の記憶を追体験できると同時に前史である軍都の歴史にも目が向く。歳月を経て、見学者が増えているのはその証しだろう。

 13棟あった倉庫のうち今は4棟が残り、うち1~3号棟を県が所有している。改修案では見学者が被爆証言などを聞く建物を敷地内に設け、平和学習の拠点とする。併せて1号棟について雨漏りなど劣化の激しい屋根や外壁を集中的に補修する。

 内部の見学には耐震化が欠かせない。しかし最大で1棟33億円がかかるとされ、現時点では1号棟を外側から見学する最低限の措置にとどまっている。

 2、3号棟は1号棟の施工状況などを見ながら順次検討するそうだ。しかし、本来は一帯をどう活用するのか、全体のビジョンを示すのが先ではないか。

 赤れんがの外観の建築的価値にも注目が集まる。全国には民間の資金を得ながらこうした建物を活用して一体的な街づくりに成功している事例もある。

 歴史を伝える建物は、市民の共有財産だ。市民や民間企業も交え、活用や財源確保に知恵を出し合うべきだろう。

 一方、広島大の旧理学部1号館を所有する市は検討会からの提案を受け、2019年度中に施設整備の内容などを盛り込んだ基本計画を策定する。

 提案では、広島大平和センターと広島市立大広島平和研究所が参画し、それを市が支援して「ヒロシマ平和教育研究機構」(仮称)を設置。広島ならではの平和に関する教育・研究や交流を行う場として活用するという。被爆資料の展示など平和発信機能も備えるそうだが、既存施設との役割分担といった実質的な議論はこれからである。

 1号館は補修をしておらず、老朽化は一目瞭然だ。市は震度6強の地震で倒壊する危険性があるとの調査結果を踏まえ、残念ながらE字形の建物のうち正面棟を保存する方針でいる。安全面から見ても活用の具体化を急がねばならない。

 被爆の実情を語れる人が少なくなる中、「無言の証人」を保存し、生かしていくには市民の理解と関心が不可欠だ。何を残し、継承するのか―。オープンで深い議論が求められる。

(2019年1月8日朝刊掲載)

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