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無言の証人

顔が溶けた仏像

猛火の記憶 今に伝える

 全焼した自宅跡で掘り出された仏像の頭部=1988年、唐津幹雄さんが原爆資料館に寄贈(撮影・山崎亮)

 その鉄製の仏像は、頭と体が別々の資料として原爆資料館収蔵庫に保管されている。光背を含めて高さ29センチの頭部は熱で顔が溶け、火ぶくれのようになって原爆投下後に広島を襲った猛火の記憶を刻む。無数の人間が、こうして焼かれたのだと今に伝える。

 原爆資料館によると、広島市の平野町(現中区)の唐津義雄さんが戦後、自宅の床の間に飾っていた。爆心地から1・7キロ。自宅は全焼し、4人の息子のうち爆心直下へ建物疎開作業に出た次男と、登校途中だった四男は帰らなかった。

 被爆約2カ月後、長男の幹雄さんと一緒に自宅跡のがれきから掘り出したのがこの仏像だ。首から折れていた。木で頭部と胴体を接いで息子の形見のように大事にしていたという。

 持ち主が世を去った後も幹雄さんが思いを継ぐが、十七回忌で区切りをつけて原爆資料館に寄贈した。

 その長男も2013年に85歳で亡くなった。生前、「父も喜ぶだろう。平和を語り継ぐ意味でも資料館にある方がいい」と話していた。原爆でわが子を失った親の悲しみを語り継いで、と仏像は語り掛ける。(金崎由美)

(2019年1月21日朝刊掲載)

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