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社説・コラム

天風録 『ヒロシマの物理学者』

 かつて戦争を賛美していた教師が戦後、態度を一変させた。時代が変わったでは済まないと憤った。以来、言われたままを信じるのでなく、納得できるまで考える姿勢を身に付けたという▲きのう訃報を聞いた核物理学者の葉佐井博巳さんである。疑う習慣は、自治体が有事の際の避難計画をまとめるよう国から求められた時にも表れた。広島市が設けた核攻撃想定の専門部会長として身を守る方法はあるという政府に異を唱えた。核被害を防ぐ道は廃絶しかない、と▲原爆がどれだけ放射線を出したか、推定する方式を日米合同で考えたが、実測値が計算と合わない。見直しを進める日本側のリーダーとして、より精緻な方式づくりに貢献した。科学者以前に被爆者として見過ごせなかったに違いない。業績は歴史に残ろう▲半世紀近い研究者生活の後、近年は証言活動に力を注いだ。常に頭にあったのは被爆者なき後、ヒロシマをどう伝えるか―。進言が後押しとなって広島市は伝承者養成に取り組むことに▲<少年時代に植え付けられた「不信感」を捨て未来を信じたい>。4年前のエッセーに、そうつづる。戦争と原爆を経て到達した先達の心境を読み返している。

(2019年1月30日朝刊掲載)

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