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社説・コラム

社説 米INF条約破棄 核軍拡競争許されない

 トランプ米政権はロシアに対し、核ミサイルの軍拡抑制で歴史的な役割を果たしてきた中距離核戦力(INF)廃棄条約の破棄を通告した。

 核軍縮分野で特定兵器の全廃を史上初めて盛り込んだ条約であり、米国と旧ソ連が1987年に結んだ。東西冷戦の終結や核軍縮へと、世界史の潮目を変えた意義も大きい。

 半年後の失効までに両国が歩み寄る可能性は低い。核大国の軍拡に歯止めを失う事態は何としても避けねばならない。

 トランプ大統領はかねてロシア側の新型巡航ミサイルが条約違反だと主張し、廃棄するベきだと要求してきた。だがロシアは認めず、逆に米国が欧州で配備を進める地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」こそ条約違反と主張し、溝は埋まらなかった。

 ただ、破棄通告に踏み切ったトランプ氏の念頭にあるのは、ロシアとの対立だけではないだろう。条約に縛られていない国、とりわけ軍拡を続ける中国の動向があるようだ。

 今回、トランプ氏は声明で「軍事的対応の選択肢」の開発推進に触れた。先日報じられた小型核の製造を加速させるつもりだろうか。そんなことをすれば、米ロ中で三つどもえの軍拡競争という悪夢が現実のものになってしまう。北朝鮮に非核化を求める米朝の再会談にも差し障る恐れが強い。

 国連で一昨年採択された核兵器禁止条約の批准が各国で始まっている。「国際社会の機運と矛盾している」と被爆地の広島、長崎から抗議の声が上がったのは当然だろう。核保有国に軍縮を義務付けた核拡散防止条約(NPT)も骨抜きになる。

 トランプ氏は記者団に「新たな条約ができれば、よりよい」と語ったという。米ロ中3カ国での軍縮協議に意欲を示してきた延長線の発言かもしれない。

 ただ、信用されるだろうか。これまで国際的な既存の枠組みから脱退したり、ほごにしたりしてきた張本人である。

 一方で、中国にとっても中距離ミサイルは軍事戦略の要とされる。米ロ中による枠組みの実現は壁が相当高かろう。

 米ロの間にはもう一つ、より長距離のミサイルなどを対象とする新戦略兵器削減条約(新START)が残っている。2年後に期限を迎えるものの、その先行きは不透明だ。INF廃棄条約の破棄を推進したボルトン大統領補佐官が新STARTの延長にも否定的という。

 原爆であまたの命を奪われた被爆地としては、核軍拡競争を見過ごすわけにいかない。米国が核ミサイルの軍拡を進めれば、新たな対中ミサイル配備の候補地として日本も浮上する恐れさえあるからだ。

 こうした状況下の今こそ、求められるものは国際協調主義ではないか。

 日本政府は今回、米国のINF廃棄条約の破棄について「世界的にも望ましいものではない」との立場を示した。軍拡競争の阻止に向け、多国間での軍縮枠組みの創設を国際社会に訴えていく方針だという。

 ならば、その際、核兵器禁止条約というせっかくの枠組みを活用してはどうだろう。被爆国として、核に頼らず、核なき安全保障へと転換できるよう主導すべきである。

(2019年2月3日朝刊掲載)

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