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社説・コラム

特別寄稿 原発周辺市町村の再出発 福島民友新聞論説委員 菅野篤司

福島の「今」を知ってほしい

 黒煙を上げて爆発する原発、マスクを着けて行動する人々―。2011年3月の東日本大震災と東京電力福島第1原発事故直後の福島県の姿は強烈な印象となって、今も福島県外の人々の記憶に刻み込まれているに違いない。その一方で、震災から8年近くがたった「福島の現在」はあまり知られていないのではないだろうか。

 原発事故に伴って、国は県内の原発周辺市町村に避難指示を出した。対象面積が最大だったのは13年8月で、11市町村の計1150平方キロ、県土の8・3%に及んだ。中国地方で例えるならば、約900平方キロの広島市よりも広い範囲で、全ての住民が住み慣れた土地から避難を余儀なくされたことになる。

 避難指示は少しずつ解除され、避難を継続している地域は7市町村の計370平方キロ、県土の2・7%にまで縮小した。放射性物質を取り除く除染などを進め、原発事故で損なわれた生活環境の回復に努めた結果と言える。福島県は、時間が止まったままの被災地ではなく、再生に向けて、たゆまぬ挑戦を続ける地なのである。

 しかし再生への道のりは容易ではない。避難指示が解除された自治体は「現住人口ゼロ」からの再出発だからだ。避難中、例えば働き盛りの世代の住民は、就職や子どもの進学などで避難先に生活基盤を整えた。その結果、避難指示が解かれた時に、古里への帰還を決めたのは必然的に高齢者の世帯が多くなり、人口減少と少子高齢化は急速に進行してしまった。

 スーパーや医院、介護施設などのサービスは一定程度の人口がないと成立しない。片や、住民は十分なサービスが提供される環境が整っていなければ、古里への帰還を決断しにくい。まさに卵が先か、ニワトリが先か―なのである。

 いま被災地では、地域再生に向けて、公設民営の商業施設の開設や公共交通システムの運営、情報通信技術(ICT)の活用などで、このジレンマを乗り越えるための取り組みが進められている。

 人口減少と少子高齢化は避難地域だけではなく、福島県の他の地域、さらには全国の市町村が抱える共通課題である。避難地域は図らずも、課題解決に向けた取り組みの先進地になったのである。避難地域の取り組みは、さまざまな自治体のモデルになる可能性を秘めている。機会があればぜひ一度、福島県に足を運んでもらい、課題解決のヒントを共有したい。

 避難指示が出されなかった市町村にも悩みがある。原発事故による風評である。福島県産の農林水産物は徹底した生産管理と検査によって安全性が確保されている。しかしそのことに対する理解は浸透しておらず、県産品の流通量や価格は低迷を続けている。

 もちろん「科学的に安全が保証されているのだから福島県産を購入すべきだ」などと無理強いするつもりはない。せめて偏見を持たずに、他地域と同じように味と品質で購入の可否を判断してほしいというのが福島県民の願いである。

 福島県の現状と課題について、より多くの人々に関心を持ってもらうことを、風評を拭い復興を前に進める糧にしていきたい。

かんの・あつし
 74年福島市生まれ。早稲田大大学院文学研究科修士課程修了。01年福島民友新聞社入社。東京支社報道部主任などを経て18年4月から現職(編集委員兼務)。原発事故発生直後は福島県の災害対策本部を泊まり込みで取材した。

(2019年2月8日朝刊掲載)

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