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社説・コラム

『潮流』 福島を忘れまい

■論説主幹 宮崎智三

 原爆投下から8年後の夏、本紙の朝刊1面に載った、ヒロシマをテーマにした座談会の記事は、次のような言葉で始まっていた。

 <今年も8月6日が目の前に迫ってきた。年とともに思い出が深まり、世間の関心もだんだんと強まってくるように感じられる>

 8年過ぎて記憶が薄れつつあったと思いきや、勘違いだった。水爆保有を明かしたソ連と米国との核軍拡競争に、国際社会の目は向けられていた。翌年3月には、マグロ漁船「第五福竜丸」が米国によるビキニ水爆実験の「死の灰」を浴びる。広島・長崎の原爆被害が国内外で注目されるきっかけになり、被爆者救済の道を開くことにもつながった。

 8年という歳月が間もなく過ぎる福島第1原発事故はどうだろう。苦しんでいる人たちに目を向けているか。自戒を込めて問い直したい。

 そもそも事故の被害とは何か。研究者や弁護士らによる福島を考えるシンポジウムで聞いた避難者の問い掛けに考えさせられた。

 「誰かに水を掛けられても、数時間すれば服も乾いて何事もなかったようになろう。でも掛けられたのが硫酸や硝酸だったとしたら。福島でばらまかれたのは、水か硫酸か、どちらに近かったのか」

 たとえのうまさに感心した。加えて、原発事故は地震や津波といった自然災害ではなく、人災、つまり回避できたはずだと気付かされた。

 予告なしに無差別にばらまかれた放射性物質。原発から遠くにいても、影響を受けやすい赤ん坊や子どもがいれば気にせざるを得まい。そんな理由で自主避難した人も多い。

 帰還や復興には前向きな国は避難者支援を先細らせている。このまま切り捨てを許してはいけない。まず事故を思い起こす―。「強いられた被曝(ひばく)」を繰り返さないため、私たちに求められていることではないか。

(2019年3月2日朝刊掲載)

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