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[考fromヒロシマ] 米「使える核」へまた前進 爆発力を抑えた第1号完成

「全面的応酬」の危険性

 トランプ政権が昨年打ち出した「使える核」の導入へ、また一歩進む。米国の核弾頭の製造や管理を担うエネルギー省の「国家核安全保障局(NNSA)」は2月25日、潜水艦発射弾頭ミサイルの戦略核弾頭に改造を加え、爆発力を小さなものにした第1号が完成したと発表した。一体何が起こっているのか。被爆地から考える。(金崎由美)

 NNSAの発表に先立つ2月7日、野党民主党の下院22議員が「トライデントD5低威力核弾頭の研究開発、製造と配備を禁止する法案」を共同提出した。同じような法案は昨年も提出されたが否決。下院で民主党が過半数を奪還した昨年11月の米中間選挙を挟み、再チャレンジである。

 米国内29の反核団体や専門家団体が、法案支持に名乗りを上げる。核時代平和財団のデービッド・クリーガー代表(76)は「核弾頭の製造は始まっており、実質的には配備の阻止が焦点だ」と力を込める。

 弾道ミサイル「トライデントD5」に搭載する核弾頭W76―1から核物質の一部を抜き取り、爆発力を100キロトンから、広島原爆の約3分の1に相当する5~7キロトンに減らすとみられている。推定で1320発あるW76―1のごく一部が対象で、NNSAは9月末までに米海軍への引き渡しを始める見通しだ。

 7千キロ以上飛ばせる巨大な潜水艦やミサイルはそのままで、核弾頭の爆発力だけ変える。「だからこそ危険極まりない」と核専門家団体「憂慮する科学者同盟(UCS)」のスティーブン・ヤング上級アナリスト(55)。「弾頭の違いは外観では分からない。米国の核使用を察知した敵国が、100キロトンの弾頭だと誤解し、大きな核で応戦する可能性がある」と警鐘を鳴らす。全面的な核の撃ち合いとなる恐れは排除できない。

「小型化」2段階

 トランプ政権が昨年2月に発表した核政策の指針文書「核体制の見直し(NPR)」は、比較的すぐできるW76―1の改造に続いて、将来はより小さく飛距離も短い、海洋発射型の巡航核ミサイルも開発するとした。2段階で真の「小型化」を目指すという。

 背景に、どんな安全保障上の発想があるのだろう。

 「ロシアは、数と種類ともに(比較的小さな)非戦略核を多数持ち、限定的に先制使用すれば自国が優位に立てると考えている」。NPRは、陸続きで北大西洋条約機構(NATO)の欧州と対立するロシアの姿勢を警戒する。

 「米国の核戦力は、戦略核が主体。ロシア、中国や北朝鮮は『非戦略核を限定的に使っても、米国は核兵器が大きすぎるため反撃できない』とみている。それがNPR担当者の懸念だった」と日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター(東京)の戸崎洋史主任研究員(47)は説明する。

 米国も柔軟に核を使えるとなれば、結局は敵に核使用をためらわせる「核抑止」が働くという理屈。だが、そうなる保証はないし、いったん使われれば低出力でも被害は甚大だ。

「NPTに違反」

 米国では、「核兵器なき世界」と裏腹に核兵器に巨費を投じたオバマ政権に続き、トランプ政権でその動きはさらに加速。米議会予算局は1月、今後10年間のエネルギー省と国防総省の核兵器予算が最大で計4940億ドル(約54兆円)と試算し、報告書を公表した。

 ロシアの中距離核戦力(INF)廃棄条約の違反や、条約の枠外にいる中国を批判し、自らのINF条約破棄も決めた米国。「核保有国の現状は、核拡散防止条約(NPT)の軍縮義務に明らかに違反する。非保有国の反発はさらに強まる」と大阪女学院大の黒沢満教授(74)は指摘する。

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被爆者「惨禍伝えねば」 ブレーキかけぬ被爆国

 爆発力が小さい核ならいいというのか―。トランプ政権の動向に、被爆者や広島の市民は怒りとやるせない思いを抱く。

 「原爆被害は熱線と爆風だけでない。放射線は、爆心地から比較的遠くにいた人や入市被爆者も苦しめ続ける。まだ世界に理解されていない」。原爆資料館の元館長で被爆者の原田浩さん(79)は悔しさをにじませる。「どんなに小さくても核は核。非人道的な無差別被害をもたらす本質を、もっと懸命に伝えなければ」

 米国の「核の傘」を求める日本の姿勢も問われる。

 海洋発射型の巡航核ミサイル開発というトランプ政権の将来方針について、UCSのヤング氏は「オバマ政権が退役させた戦術核搭載ミサイルTLAM/N(核トマホーク)が事実上、息を吹き返す」と断言する。

 オバマ政権が核トマホークの退役を計画した2009年当時、「核の傘の弱体化だ」と日本政府が強く抵抗していることが明らかになった。民主党政権に交代後、岡田克也外相が一転して「決着」をつけ、翌年出されたオバマ政権のNPRに「退役」が明記された。

 しかし昨年2月にトランプ政権のNPRが発表された際、河野太郎外相は「核抑止力の実効性確保を明確にした」と全体内容を高く評価。INF条約の破棄を巡り、菅義偉官房長官は懸念を述べつつ「理解できる」と発言した。被爆国が核軍拡にブレーキをかける様子はうかがえない。

 市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」(HANWA)は昨年、トランプ政権のNPRと河野外相の談話に対し抗議声明を送った。森滝春子共同代表(80)は「核兵器禁止条約の早期発効を目指す努力に加えて、この瞬間に進行している問題に声を上げる責務が私たちにある。『核兵器に頼らない』と米国に意思表示するよう、日本政府に迫らなければならない」。

 広島と長崎は来年、被爆75年の節目を迎えます。体験継承を巡る課題や、核兵器廃絶の訴えに逆行する世界の現実など、被爆地を取り巻くテーマを掘り下げ、読者の皆さんと一緒に考えていきます。

(2019年3月5日朝刊掲載)

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