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社説・コラム

『記者縦横』 被爆の苦悩 伝える務め

■松江支局 高橋良輔

 「初めて読んだ時、ゲンの叫びが聞こえたような気がした」。松江市民たちでつくる「劇団幻影舞台」の取材で、主宰する清原眞さん(70)の言葉を聞き、小学生の頃に何度も図書室で漫画「はだしのゲン」を読んだことを思い出した。

 居ても立ってもいられなくなり、約15年ぶりに読み返した。原爆の恐ろしさと、その時代に懸命に生きていたゲン一家をはじめ、多くの人たちの人生や思い、日々の暮らしが一瞬にして消えた理不尽さを強く感じた。

 清原さんは、自身で脚本と演出を手掛け、広島に原爆が投下されて、ゲンと家族が引き裂かれるまでを演劇に仕上げた。原爆が何もかもを奪い去ったことを伝えるため、ゲン一家の強い家族愛、兄弟愛を描いた。

 劇団は厳しい稽古を重ね、4月下旬の本番を迎えた。同市の県民会館であった公演は約450人が鑑賞し、最後は大きな拍手が鳴りやまなかった。清原さんは「平和や家族について考え、はだしのゲンを読み返すきっかけになればうれしい」と話してくれた。

 戦後74年。被爆者は高齢化し、平均年齢は80歳を超える。昨年4月にあった入社間もない研修では「記者生活の中で、被爆者がいなくなる瞬間を体験することになるだろう」と告げられた。原爆投下後の惨状や被爆者の体験を語り継ぐのは、広島に本社を置く中国新聞の記者の務めだ。広島から離れた松江の地で改めて思いを強くした。

(2019年5月10日朝刊掲載)

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