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連載・特集

緑地帯 菊池智子 インド平和日記 <3>

 インドの小中学生を中心に「ひろしまのピカ」の平和教育プログラムを展開する中、私はもう少し上の世代の大学生や若者にも「原爆」を伝えたいと思い始めた。

 日本の漫画は娯楽の枠を超え世界に広がりつつある。インドでも最近は漫画展示会「コミックコン」などが大人気だ。漫画は若者たちにメッセージを伝える重要な役割を果たしている。私は漫画「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国」に感動し、ヒンディー語訳を決意した。

 福島の高校生の頃、〝日常〟はこの先ずっと豊かになり続けるものと思っていた。当たり前すぎて気にも留めなかった。あれから30年、大きな天災や人災で、たくさんの人々のなにげない日常や人生の幸せが奪われてしまった。

 一発であまたの人々を理不尽に殺りくする原爆は怖い。この恐ろしさをどうしたら本当に理解できるのか。日々の暮らしを淡々と描く「夕凪の街 桜の国」がそれを教えてくれる。かけがえのないものとは何だろう。家族や日常にあふれる幸せが突然消え去る恐ろしさに気付く。

 「夕凪の―」ヒンディー語訳出版の折には、複製原画展、インドチャイ倶楽部ひろしまの皆さんと現地高校生の交流企画、公立高校生150人を招いての平和教育プログラムなどが続いた。原作者のこうの史代さんからはメッセージを頂き、私はいつもそれを皆さんに紹介した。「わたしは、友達に手紙を書くようにこの漫画を描きました。みなさんも、あなたの友達の暮らす街のお話だと思って読んで頂けるといいです」。こんなふうに伝え続けたいと思う。(翻訳家=ニューデリー)

(2019年5月28日朝刊掲載)

緑地帯 菊池智子 インド平和日記 <1>

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