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連載・特集

緑地帯 菊池智子 インド平和日記 <7>

 写真絵本「さがしています」は新しい視点からヒロシマを伝える。原爆資料館所蔵の約2万点の中から選ばれた14点のモノたちがカタリベとなり、主人と一緒に過ごした愛する時間をさがし、私たちに語りかける。

 あの日、誰かのかけがえのない人やモノや時間や事が一瞬で奪われた。今日、もし私が消えてしまったら、私の愛する人やモノたちは、私のためにどんなことを語るだろう。この本のメッセージは国境や言語を超えて誰の心にも響くに違いないと直感した。

 この本のヒンディー語訳の出版社エクラヴィヤは、インド中部の町ボパールにある。1984年には化学工場の有毒ガス流出事故が起こった。

 インド人は学校でヒロシマとナガサキを学ぶ。名前はよく知っていても、原爆の実情を知る人は少ない。ちょうど私がボパールを訪れるまで、有毒ガス流出事故の被害をよく知らなかったように。水の汚染は世代を超えて人々を苦しめている。何が起こり何が続いているのかを知ることは、それを繰り返さないためにとても重要だ。

 本の作者のアーサー・ビナードさんはアメリカ生まれ。来日して日本語の詩人となり、原爆資料館に何度も足を運ぶうちにモノたちの声が聞こえてくるようになった。撮影者の写真家岡倉禎志さんは、20世紀初頭にインドに渡った岡倉天心の玄孫。偶然にもインドと縁深い本に私は巡り合った。“繰り返さないで!”というモノたちの願いが、この本をインドの子供たちにつなげた気がしてならない。(翻訳家=ニューデリー)

(2019年6月1日朝刊掲載)

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