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記憶を受け継ぐ

『記憶を受け継ぐ』 川崎宏明さん―避難の列 むごい光景

川崎宏明さん(81)=広島市西区

訴え続ければ 核兵器のない世界訪れる

 川崎宏明さん(81)は7歳で被爆(ひばく)し、家族で広島市内を逃(に)げ惑(まど)いました。あちらこちらに遺体(いたい)が倒(たお)れ、けが人が苦しんでいた光景を、今でも思い出します。その記憶を、広島市の「被爆体験証言者」として若い世代に語っています。

 1945年当時、川崎さんは、爆心地(ばくしんち)から1・3キロにあった東観音町(現西区)の自宅で父方の祖父母、両親、4歳の妹、1歳の弟の計7人で暮らしていました。広島市街が空襲(くうしゅう)されるかもしれない、と5月ごろから祖母と山県郡上殿村(現安芸太田町)に疎開(そかい)。しかし家族が恋しくなり、8月6日までに祖母と自宅へ戻っていました。

 その日の朝、広島師範学校付属国民学校(現広島大付属東雲小、南区)の教員だった父は出勤(しゅっきん)し、残る家族は居間で弟をあやしていました。川崎さんは外で遊びたくなり、玄関(げんかん)で靴(くつ)を履(は)きました。その瞬間(しゅんかん)、強烈(きょうれつ)な光に包まれ、直後に家が崩壊(ほうかい)。6人とも倒(たお)れてきた柱や屋根の下に閉じ込められました。

 母と弟は廊下でガラスの破片を体中に浴びたものの、かろうじて皆で外にはい出すことができました。「西へ逃げよう」。親戚宅(しんせきたく)を目指し、がれきに阻(はば)まれながら懸命(けんめい)に歩きました。

 当時の福島川にかかる西大橋(現西区)にたどり着くと、すでに多くの人が避難(ひなん)していました。川崎さん一家は、被災者の列に入ってさらに歩きました。頭から大量の血を流した人や、やけどをした腕(うで)の皮膚(ひふ)を垂(た)らした人…。目の前を歩いていた女性は突然(とつぜん)力尽きて、その場に座りこんでしまいました。

 恐(おそ)ろしい光景に圧倒(あっとう)され、しきりに周囲を見渡すと、祖母に何度も「靴のつま先だけを見て歩きなさい」と注意されました。現在の太田川放水路の辺りまで来ると、アシの茂(しげ)みに挟まれるように人々が倒れ込んでいました。幼い兄妹が不安そうな表情で、動かない母親の体に寄り添っていた姿が忘れられません。

 さらに北へ向かい、その日の夜遅く、可部(現安佐北区)の親戚宅に着きました。鶴見橋(現中区)付近で被爆した父は背中や腕に大やけどを負いましたが、数日後に親戚が連れて帰り一命を取り留めました。

 川崎さんは長年、大手建設会社で全国を転々とし、自らの被爆体験と向き合うことはありませんでした。しかし、広島に戻って間もない50代で心筋梗塞(しんきんこうそく)を発症(はっしょう)。さらに、母を心筋梗塞、54歳だった弟を肺がんで相次いで亡(な)くしました。原爆のせいだと考えています。放射線の影響(えいきょう)に苦しむ被爆者の現状を知りたいと思うようになりました。

 2016年、広島市の事業で被爆者の体験を受け継(つ)ぎ伝える「被爆体験伝承者」になりました。川崎さんが「伝承」する被爆者である児玉光雄さんは、原爆が人間の染色体(せんしょくたい)まで傷(きず)つけることを身をもって伝えています。体験は、想像を超(こ)える壮絶(そうぜつ)さでした。

 被爆者たちが体験を後世に伝えようとする姿を見るほど、背中を押される思いに駆(か)られました。幼くして被爆し、当時の記憶にあいまいな部分がある自分に、語る資格があるのか―。そう悩(なや)んでいましたが、17年には自ら「被爆体験証言者」にもなり、これまで15人の伝承者を育成しています。

 川崎さんは今夏、基町高(中区)の生徒に「原爆の絵」を描いてもらいました。あの日の記憶を後世に継ぐためです。「さまざまな形で原爆のむごさを訴(うった)え続ければ、きっと核兵器のない世界が訪(おとず)れる」と信じています。(新山京子)

私たち10代の感想

直接の証言 重み感じた

 「私の被爆体験を家族や友人に話してほしい」と川崎さんは語りました。一人でも多くの人に、原爆がもたらした惨劇(さんげき)を知ってほしいという強い願いが伝わってきました。被爆者から直接証言を聞くことができる機会が減りつつある今、その言葉の重みを感じながらジュニアライターの活動に精いっぱい取り組んでいきたいです。(高2目黒美貴)

学んで伝えていきたい

 川崎さんは、家族6人で被爆後の街中を逃げました。家族との思い出の中に被爆体験があるというのは、とてもつらく悲しいことだと思います。広島の人や街の姿を、大きく変えた原爆をもう二度と使わせない世界にしていくために、過去の戦争や原爆被害について学び、他県の人や外国の人にも伝えられるようにしていきます。(高1風呂橋由里)

(2019年8月5日朝刊掲載)

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