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社説・コラム

天風録 『ちっちゃい こえ』

 きのこ雲の下の地獄を描く、びょうぶ絵の連作「原爆の図」は「人類の図」ではない。そこここに生きとし生けるものがいる「万物の図」だ―。そんな発見が着想の種だったと見える▲被爆74年の今年、広島在住の詩人アーサー・ビナードさんは紙芝居「ちっちゃい こえ」を世に問うた。語り手でもある猫のクロなど登場キャラクターは、「原爆の図」から切り取った。ハトや犬、花、そして人間も。原作者の丸木位里、俊夫妻はあの世で目を細めているだろう▲猫のクロは脇役にすぎない。主役は「サイボウ」と、その声である。熱線が負わせたやけどにとどまらず、目に見えない放射線は細胞を傷つけ、再生を難しくした。核の災禍は長く、後を引く。植物だろうと鳥獣だろうと同じ▲<サイボウをこわすものがそらからふって、つちにもぐって、からだのなかまでもぐりこむ>。脚本には、そんな一節もある。もう一つのヒバク、国内外の原発事故がもたらした「万物の図」が、ほうふつとしてくる▲ビナードさんはきのう、広島市内の集会で自作を演じた。「おしまい」。最後の一枚を引き抜くと、最初の絵に戻った。核の物語は終わらないとの謎掛けだろうか。

(2019年8月7日朝刊掲載)

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