×

連載・特集

きこえてる? 紙芝居「ちっちゃい こえ」が伝えるもの <下> 今につながる感覚

8月6日「これなら私でも語れる」

中3 中野さん(14)

 紙芝居の演じ手になるのは「ちっちゃい こえ」が初めてなのだという。登場する動物や人物によって声のトーンを変え、気持ちを込めてせりふを言う。矢野中3年の中野李緒さん(14)は7月下旬、広島市安芸区の自宅で、小学生の弟たちに演じていた。

 びっくりしたのは、観客だったときより、登場人物がぐっと身近に感じられること。出てくる人が自分の家族のように近い存在に思えた。「自分が8月6日のことを語る側になるとは思わなかったけど、これなら、私でも伝えられる」

 中野さんがこの作品に出合ったのはその2週間前、祖父と一緒に出掛けた市内のイベントの場だった。被爆電車に乗った後、作者の詩人、アーサー・ビナードさん(52)の上演に接した。広島出身の画家丸木位里と妻の俊が描いた「原爆の図」の絵を使った紙芝居。あの日に広島で何が起きたのか、動物や人の体の中にある「サイボウ」の声を通じて伝える物語に、すうっと引き込まれた。

 何より、教科書に載っていないことが出てきたことが中野さんは気になった。  「原子爆弾は あたらしい ころしかた。じりじり じりじり あとから あとから ころされる。サイボウを こわすものが そらから ふって、つちに もぐって、からだの なかまで もぐりこむ」

 原爆とは何なのか。人、動物、植物など生き物全て、電車さえも「被爆する」とはどういうことか―。中野さんの家族に被爆者はいない。周囲に教えてくれる人もいない。でも出合った紙芝居に、知りたいことのヒントがある気がした。祖父に「弟たちにも見せたい」と言って、紙芝居を買ってもらった。

 中野さんには、2人の弟がいる。小学3年の蓮也(れんや)君(8)と6年の流貴(りゅうき)君(11)。怖がりな2人は、8月が近づくと、小学校の平和学習を嫌がる。写真や絵が怖いし、難しい…。戦争のことに触れるとき、いつもつまらなさそうにしている弟たちが楽しめるよう、中野さんは熱を入れて紙芝居を上演した。

 「ね、きみの なかの ちっちゃい こえは きこえてる?(中略)もし サイボウの こえが ずっと きこえていたら ずんずん るんるん ずずずんずん るんるんるん きみは きっと いきていけるんだ」

 人が炎に包まれる絵などもあるが、弟たちは最後まで目をそらさずに見た。上演した後に蓮也君は、「お姉ちゃん、かっこよかった。だからずっと見た」。流貴君は「サイボウの声が面白かった。僕の体でも聞こえるのかな」と不思議がっていた。

 流貴君が感じたという、どんな生き物の体の中にもあるサイボウ。それを壊すものの正体に、中野さんは興味を持った。学校の先生も、世界には今も原爆や水爆といった核兵器がたくさんあると言っていた。「それって怖いこと。今どうなってるのか」。もう少し知りたくなったという。

 74年前のあの日が、今に続いている―。紙芝居を見て、そう感じる人たちがいる。東日本大震災を機に広島県内に避難した人たちでつくる「アスチカ」のメンバーもそうだ。

 この会でビナードさんが上演したのは6月中旬。集まった大人十数人が食い入るように紙芝居を見つめていた。東京電力福島第1原発事故の後、福島県須賀川市から避難した西間木(にしまぎ)玲子さん(63)=広島市東区=は「赤から黒に変わったサイボウの絵は、私たちにも通じる」と静かに話した。

 原発事故の後、色もにおいもなく、見えない放射線が体にどんな影響を及ぼすのか、西間木さんは不安にかられた。広島を訪れ、7年近く。被爆者と出会い、福島の被曝(ひばく)とのつながりを感じたという。自分にできることをしたくて、今は中区の原爆ドーム周辺でガイドのボランティアをしている。

 アスチカのメンバーには幼い子の母親も少なくない。高橋亜純(あすみ)さん(38)=東区=も原発事故の後、2012年3月に仙台市から避難した。放射線の影響を心配し、当初は妊娠を避けていたが、その後に授かった長女の佑衣ちゃんは4歳になった。

 高橋さんは言う。「今度は娘にあの紙芝居を見せて、一緒に体の中のちっちゃい声を聞きたい。どうすれば未来が良くなるか、考えたいです」(標葉知美)

原爆の本質 次の世代へ

「ちっちゃい こえ」を制作した詩人

アーサー・ビナードさん(52)

 生まれ育った米国では、原爆の投下は正しかったと学んだ。でも、広島を訪れ、原爆を「ピカ」と呼ぶ被爆者と話したら、それは違うと分かった。ここで何があったか。これからどうすれば僕らは生きていけるのか。みんなと考えていきたいと思いました。

 それには、原爆の本質を捉えなくちゃいけない。本質とは、原爆によってばらまかれる放射性物質が生き物に及ぼす影響のこと。生き物を細胞レベルから壊し、命を脅かす。

 1945年8月6日の記憶は、丸木俊、位里が連作「原爆の図」に描いた第五福竜丸の「死の灰」につながる。さらにチェルノブイリの原発事故、福島の3・11に続く。今を生きる命の話でもあるんです。

 「原爆の図」を基に紙芝居を作ろうと決めたとき思いました。あの日広島に落とされた原爆に限った話にはしたくない、と。かわいそうな家族の物語だけで終わったら、今に続く原爆の本質が伝わらず、子どもに「詐欺」を手渡してしまうことになる。だから、誰もが関心を持つことができる「いのち」を、物語の軸にすることにしたんです。

 それから、子どもたちが目を背けたくなるような紙芝居にはしたくなかったからね。あの日の「怖さ」が伝わり過ぎていないか、気を配りました。「戦争や原爆は深刻に語るべきだ」という先入観とも闘った。深刻なところだけを切り取れば、つまらない話に陥りがちだから。でも実際は違う。ピカに遭う前、広島にいた人たちの暮らしの「楽しさ」「面白さ」を描くよう工夫しました。

 生身の人が演じる紙芝居は、テレビやインターネットに負けないくらい力のあるメディアだと思う。演じ手は、その場の雰囲気を感じて間をつくり、せりふに抑揚を付けて、集まった人たちと一度切りの時間を共有する。画面で情報を何度でも見直せる現代において、紙芝居は新鮮で、まさにライブ。大きな力を、はらんでいるんじゃないかな。

 「ちっちゃい こえ」が、これからどんな人の手に渡り、どんな演じ方をされるか。子どもたちが、どんなふうに感じてくれるのか。作品が僕の手から離れたいま、やっと「こえ」が響き始めた気がしています。(標葉知美)

(2019年8月7日朝刊掲載)

きこえてる? 紙芝居「ちっちゃい こえ」が伝えるもの <上>

きこえてる? 紙芝居「ちっちゃい こえ」が伝えるもの <中> 物語を分かち合う

天風録 『ちっちゃい こえ』

年別アーカイブ