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連載・特集

緑地帯 中村香織 夢のかたち <4>

 大学卒業後、私はミュージカルの劇団に入り、プロとして舞台に立った。さまざまな作品に出演し、日本各地で公演した。念願だった広島公演での主演も果たし、小さい頃からの夢が実現した。

 入団して5年後、真珠湾攻撃の頃のハワイを舞台としたオリジナル作品を創作することになった。私たち劇団員はハワイを何度か訪れ、舞台となった場所に行き、体験者の声を聞き、博物館や資料館で当時の文化や生活を勉強した。当時ハワイにいた日系人たちの葛藤、翻弄(ほんろう)された人々の悲しみや憎しみ、それまで想像し得なかったハワイ側の苦しみを肌で感じ、初めて第2次世界大戦全体を見つめた。

 その作品を上演するにあたり、広島の出身ということで取材を受け、作品について語る機会を多く与えられた私は、「広島出身の俳優」という自覚が強く芽生えていった。そしてヒロシマのことをもっと伝えていきたいと思うようになった。広島から離れ、また日本から離れ、ヒロシマについて考えたからこそ、いかに自分が広島人であるかに気付いたのだ。

 小学生の頃に怖くて目を背けていた展示や脳裏に残っている恐ろしい光景を、もう一度しっかりと心に焼き付けようと思い、改めて原爆資料館に行った。大人になった私には、恐怖より悲しみばかりが映り、胸が締め付けられた。

 そしてぼんやりしていた思いがくっきりと形になった。この事実を風化させないような、一人一人の心に「平和」の大切さや核の恐ろしさを再認識してもらえるような、そんな作品を創ろうと決意した。(舞台俳優=東京都)

(2019年8月30日朝刊掲載)

緑地帯 中村香織 夢のかたち <1>

緑地帯 中村香織 夢のかたち <2>

緑地帯 中村香織 夢のかたち <3>

緑地帯 中村香織 夢のかたち <5>

緑地帯 中村香織 夢のかたち <6>

緑地帯 中村香織 夢のかたち <7>

緑地帯 中村香織 夢のかたち <8>

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