×

連載・特集

平和の絆 広響ポーランド公演 共鳴した思い <下> 被爆地の願いが結んだ縁

ピアノの女王 来年も協演

 「彼女を迎えるのは大プロジェクト。どうなるかは分からない」。音楽祭の開幕前日にあったワルシャワでの記者会見で、スタニスラフ・レシェツィンスキ芸術監督は「気難しい天才」といわれる人気ピアニストのマルタ・アルゲリッチについてユーモアを交えて言及。会場が沸いた。

 広島交響楽団と現地のシンフォニア・バルソビアとの合同オーケストラは8月17日、ワルシャワ・フィルハーモニーホールでアルゲリッチをソリストに迎え、リストのピアノ協奏曲第1番を熱演。アルゼンチンが生んだ「ピアノの女王」は終演後、秋山和慶・広響終身名誉指揮者たちと手をつなぎ、穏やかな笑顔で鳴りやまない拍手に応えた。

 2015年夏に広島と東京で開いた被爆70年のコンサートに続き、アルゲリッチと4年ぶりの協演を果たした広響。世界的ピアニストとの貴重な「縁」を手繰り寄せたのは、被爆地の楽団として掲げる「Music for Peace」だった。

 アルゲリッチは「音楽には人を愛する心を育み、傷つける気持ちをなえさせる力がある(Music Against Crime)」という信念を持つ。長年、親交がある音楽事務所KAJIMOTO(東京)の元副社長佐藤正治を通じて広響の「音楽で平和を」という願いに共感し、協演を希望。出演予定だった欧州の音楽祭を四つキャンセルし、被爆70年の公演に臨んだ。

 この時、アルゲリッチは広島の地で、原爆によって19歳で亡くなった女子学生河本明子の遺品である被爆ピアノと対面。その優しい音色を気に入った。

 原爆投下から75年となる来年8月。広響はアルゲリッチを再び広島に迎え、シンフォニア・バルソビアなど世界各国の楽団員と共に新作のピアノ協奏曲「明子のピアノ」を世界初演する。

 この新作を紡いだのは、英国在住の気鋭の作曲家藤倉大。残された日記をはじめ、膨大な資料と向き合った。自作曲「オーケストラのためのUmi(海)」も含む合同オケの公演を聴きにワルシャワを訪問。「19歳の女の子の視点を表現したい」と書き上げた楽譜をアルゲリッチに手渡した。「世界中には絶え間ない戦争の犠牲になる『明子さん』がたくさんいる。初演を経て、次世代のピアニストに弾き継がれる作品になってほしい」

 合同オケの終演後、広響の楽団員3人が楽屋にアルゲリッチを訪ね、互いの演奏をたたえるとともに、来年の協演への抱負を交わした。

 首席チェロ奏者のマーティン・スタンツェライトは「(戦禍の歴史に対して)ドイツ人として許されるだろうかと不安だったが、『第9』でドイツ語の歌詞が響いて感動した」。「ヒロシマに対する音楽家たちの強い思いを感じ、使命感を新たにした」と語ったのは、広島市出身のバイオリン奏者山根啓太郎。第一コンサートマスターの佐久間聡一は「広島出身ではない自分が原爆の悲惨さを語るのは難しいが、音色を通じて希望を伝えることはできる。その自信を得た」。それぞれの思いを胸に、次のステージを見つめる。=敬称略(西村文)

(2019年9月13日朝刊掲載)

年別アーカイブ