×

社説・コラム

天風録 『李さんのプライド』

 文筆家では表現できない迫真力がおそろしいまでに底からもりあがっている―。松本清張がある被爆体験記に寄稿している。1979年に刊行された「白いチョゴリの被爆者」▲編んだのは75年に結成された広島県朝鮮人被爆者協議会である。差別にも苦しみながら世間に忘れ去られていた「谷間の被爆者」19人の生の声を収めた。会長としてその先頭に立った李実根(リ・シルグン)さんの悲報をきのう聞いた▲在日2世として下関に生まれた。8月7日、神戸で闇米を売って家に戻る途中、広島で入市被爆した。朝鮮戦争反対闘争で投獄された後、日本や北朝鮮で暮らす朝鮮人被爆者の実態調査に乗り出す。援護の門戸が海外に開かれた後も、国交がないため置き去りにされた同胞のため奔走する▲持ち前の明るさと熱っぽさで被爆者団体が集まればいつもムードメーカーに。大学では人権の重みを説き、よわいを重ねても若い記者を集めては叱咤(しった)激励した。戦後の社会運動をへて国や世代の枠を超えて手を結ぶ大切さが身に染みていたのだろう▲朝鮮人被爆者としての志を貫いた90年の生涯。「Pride(プライド)」と題した自伝には、「悔いはない。まちがいではなかった」とつづっている。

(2020年3月27日朝刊掲載)

年別アーカイブ