ごあいさつ

中国新聞社代表取締役会長 山本治朗

川をはさんで平和記念公園の対岸に建つ中国新聞社(白い建物)

ヒロシマ平和メディアセンター設立にあたって

(2008年1月3日)

■中国新聞社代表取締役会長 山本治朗

 中国新聞社は2008年1月1日、原爆・平和、核問題などに関連した有用な情報を、インターネットを通じ、被爆地広島から国内外に発信するため「ヒロシマ平和メディアセンター」を設立しました。ノーモア・ヒロシマの思いを世界に伝えるために英語での情報発信を強化し、核軍縮、核兵器廃絶のための国際世論の形成や、戦争や紛争のない平和な世界の実現に向けて一層の努力を傾けます。

 核時代の扉を開いた1945年8月の米国による広島・長崎両市への原爆投下。広島では熱線や爆風、放射線で瞬時に生命を絶たれた人たちをはじめ、45年末までに約14万人が亡くなりました。かろうじて生き延びた多くの被爆者たちも、放射線後障害などによって苦しみ、その影響は今日まで及んでいます。爆心地から約900メートルにあった中国新聞社も、従業員のほぼ三分の一に当たる114人の犠牲者を出しました。

 原爆の廃虚から立ち上がり、再び新聞発行にこぎつけた中国新聞社は、戦争や被爆体験を教訓に、第二次世界大戦後は「世界平和の確立」を社是に掲げて、核兵器の廃絶や戦争のない世界の実現を目指してジャーナリズム活動に取り組んできました。連載企画やニュース記事の一部は、世界への発信を目的に英訳もしてきましたが、限られた範囲でした。

 被爆から60余年。世界はいまだ核兵器の脅威に覆われ、テロと報復戦争が繰り返されるなど、暴力と憎悪の悪循環に支配されています。地球温暖化という新たな環境問題も加わり、人類が直面する深刻な状況は、私たちの前に広がっています。 こうした状況を前に、被爆地広島に拠点を置く新聞社として、私たちはこれまでにも増して原爆被害の実態や平和への取り組みを伝えるなど、問題解決に役立つ情報を世界に発信する使命を強く自覚しています。「ヒロシマ平和メディアセンター」の設立は、文字通りその目的を達成するためです。

 広島市民や読者のみなさんをはじめ、国内外の多くの方々の温かいご支援とご協力を得ながら、センターの活動を充実させ、実り多いものにしていきたいと願っています。

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