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連載・特集

ヒロシマの空白 被爆75年 帰れぬ遺骨 <9> 政府の立場

収集「地方がやること」

「一般戦災」は対象外

 「いまだに帰還を果たされていない多くのご遺骨が一日も早く古里に戻られるよう、全力を尽くします」

 終戦から74年の2019年8月15日、日本武道館(東京)であった政府主催の全国戦没者追悼式。「全国戦没者之霊」と書かれた標柱の傍らで、安倍晋三首相が式辞を述べた。各都道府県遺族代表や天皇・皇后両陛下、国会議員たち。原爆死没者の遺族代表も並ぶ。約5千人が静かに耳を傾けていた。

 首相の言葉には根拠となる法律がある。16年4月施行の戦没者遺骨収集推進法だ。政府は、激戦地だった太平洋の島々や旧ソ連のシベリア抑留の地などで遺骨を収集してきた。同法により、それが「国の責務」と位置付けられた。現在はDNA型鑑定も行っており、遺族に返還できない遺骨は都内の千鳥ケ淵戦没者墓苑に納めている。

 広島では、市や個人が原爆犠牲者の遺骨を発掘してきた。政府の支援と関与はあり得るのだろうか。

 「支援対象には、ならないですね」。東京・霞が関にある厚生労働省の社会・援護局事業推進室を訪ねて質問すると、田辺幸夫室長補佐が答えた。

「戦没者」を限定

 政府の「戦没者」の定義は、基本的には戦死した軍人、軍属らだという。推進法は「戦没者」の中でも、太平洋戦争の末期に地上戦で亡くなった軍人、軍属を対象とする。主に海外での遺骨収集で、日本国内は沖縄と硫黄島に限られる。

 田辺さんは「原爆被害も『一般戦災』に入る。遺骨収集をやるならば、地方自治体では」と続けた。その根拠となるのは―。聞くと意外な答えが返ってきた。「行旅(こうりょ)病人および行旅死亡人取扱法」

 行旅死亡人とは、行き倒れで死んだ人のこと。同法は、その遺体について市町村が遺族に連絡すべきことなどを定める。「一般戦災については書かれていないが、この法律が適用されるんじゃないかと私は思う」

 実際は、「軍都」広島ゆえ軍人も多く被爆死している。平和記念公園(中区)の原爆供養塔には「氏名不詳 戦没軍人」と書かれた箱に入る大量の遺骨と、わずかだが名前が記録された遺骨がある。市は、民間人と軍人を合わせ「名前のある」814体の納骨名簿のポスターを全国の自治体に発送。情報を募っている。

積極関与はせず

 厚労省は、遺族や都道府県から照会があれば、被爆死した軍人の遺骨について身元確認の依頼には応じるという。ただ収集、返還に積極関与はしていない。

 同省の被爆者援護対策室にも聞いた。被爆者健康手帳の交付や手当支給に関する施策に加え、被爆建物と被爆樹木の保存事業への補助も担当する。遺骨収集は管轄外でも、納骨名簿の周知を全国に促すことぐらいできるはずだ。

 しかし小野雄大室長は、市が遺族を捜していること自体「知らなかった」と明かす。「ここは生存被爆者の援護、救済をする部署。遺骨の返還を国が支援すべきものでしょうか」

 政府は約75年間、原爆犠牲者数の全容調査などを一貫して避けてきた。被害の実態解明への努力を市や広島県に押し付けてきたに等しい。国の起こした戦争で一般市民が被害を受けても、国が責任を取って補償するのではなく、国民皆で我慢すべき―。「受忍論」という考えが厚い壁であり続けているのではないか。

 広島市沖合の似島(南区)や金輪島(同)には原爆犠牲者の遺骨が今も地中に眠る。「収集してきっちりと調べることが必要だ」。被爆時、動員学徒として金輪島にいた県原爆被爆教職員の会の江種祐司会長(92)=府中町=は訴える。それは「無残に死んだ多くの人たちの命を伝えていくこと」でもある。(河野揚、山本祐司)

一般戦災者

 都市空襲などによる戦争被害者。原爆被害については、被爆者援護法が「放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ」国が援護策を講じるとするが、国家補償は明記していない。

(2020年2月14日朝刊掲載)

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