世界のヒバクシャ

<div style="text-align:right;"><b>第３章: 太平洋諸島・オセアニア</b><br /> <b>第３部: 汚れた楽園―仏領ポリネシア</b></div> <br /> <div style="font-size:95%;font-weight:bold;">放射能漏れを警告</div><br> 　１９７５年、フランス政府が大気圏核実験を断念したことで、仏領ポリネシアは「死の灰」の危険からはいちおう解放された。しかし、地下核実験による新たな問題が、１９８８年に明らかにされた。<br><br> 　問題を提起したのは、「クストー報告」と呼ばれる１冊の文書だった。サンゴ礁から成るムルロア環礁の地質学的な安全性をチェックするため、フランス政府が１９８７年に派遣した科学者がまとめた報告書である。<br><br> 　調査団のリーダー、ジャック・クストー氏はフランス人の海洋学者である。ムルロアに５日間滞在して、核実験に立ち会ったり潜水艇で水深２００メートルまで潜ったりして、実験による環礁の傷み具合などを調べた。その結果、環礁には核爆発による無数の亀裂が走っていることを突きとめた。<br><br> 　報告書は、亀裂から放射能漏れの危険があることを指摘し、実験用に掘削した深さ千メートルの穴を、コンクリートで密閉するよう勧告している。<br><br> 　「われわれはこれまで、地下核実験で環礁が傷つき、放射能漏れで海洋汚染の恐れがあると主張してきた。クストー報告は、それを初めて公式に証明した画期的なリポートだよ」。海洋生物学者、領土政府環境厚生大臣技術顧問、タヒチの反核政党「人民の力」幹部と３つの肩書を持つフィリップ・シウさん（４４）は、興奮気味に言った。<br><br> 　環礁を形成するサンゴ礁は石灰質だから、核爆発による衝撃には弱い。地下千メートルの爆発地点は玄武岩層で、これも衝撃にもろい。環礁はもともと、地質学的に「核実験向き」ではないのだ。<br><br> <div style="font-size:95%;font-weight:bold;">相次いだ事故隠し</div><br> 　問題は地質だけではない。島の標高はせいぜい２、３メートルしかなく、面積も狭い。そうした地形的な制約がもとで起きた事故が、断片的ながら伝えられている。その主なものを挙げると―。<br><br> 　▽１９７９年７月　地下核実験による津波で労働者６人がけが。予定よりも浅い地点で爆発したのが原因。放射能漏れの疑いも。<br> 　▽同８月　ムルロアのフランス人労働者の証言で、実験室からプルトニウムが岩礁に漏れ、付近をアスファルトで覆っていたことが明るみに。<br> 　▽１９８１年３月　サイクロンの通過で、海岸近くに積んでいた放射性廃棄物が流され、プルトニウム２０キロも海に拡散。<br><br> 　プルトニウムは毒性の強烈な放射性物質だ。それが海へ流れ込んだのに何１つ対策が講じられた形跡はない。また実験による地盤沈下も伝えられている。ポリネシア領土議会は、過去何回も、汚染や地質問題について、民間の科学者や医師ら独立機関による調査を要求してきた。しかしフランス政府は、あの手この手で真相を覆い隠し続けた。<br><br> 　例えば１９８２年７月、政府が選んだ地震学者による調査は、ムルロア滞在わずか２日だった。しかも立ち会った実験は、通常の１０～７０キロトンでなく１キロトンという小規模なもの。翌１９８３年１０月には、ニュージーランドの科学者らの入域をしぶしぶ認めた。だが放射能漏れに関する資料提供は拒否し、サンプル採取も軍の監視つきで行われた。<br><br> 　２度にわたる調査が、実験の問題点を指摘するに至らなかったのは、言うまでもない。「だが、クストー報告は違うよ。環礁の地下が破壊され、放射能汚染の危険があることを、フランス政府も認めざるを得なくなっているんだ」。こう語るシウさんの目が輝いた。 　クストー氏が見つけたサンゴ礁の亀裂が、反核運動の前に立ちはだかる厚い壁にヒビを入れるきっかけを作ったことは間違いなさそうだ。<br><br>