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世界のヒバクシャ

1. 汚染? ヤシ枯れ塩田も閉鎖

第4章: インド・マレーシア・韓国
第1部: 核と貧困―インド原子力開発の影

 1974年、地下核実験を行って世界に衝撃を与えたインドは、ウラン採掘から再処理、高速増殖実験炉まで、自前の核燃料サイクル施設を持つ。発展途上国の最先端を行く原子力技術が自慢のインドの核施設を回ってみると、周辺の村々の住民は貧困にあえぎ、放射能汚染に関する情報は閉ざされていた。私たちは独自の原子力開発の影で見捨てられたこれらの村々を訪ねた。

重い口開いた住民

 ボンベイから北へ車で3時間余り。アラビア海に面した人口2千人のアカラパティ村は、熱帯樹に守られるようにひっそりとたたずんでいた。村の裏手に広がる干潟。その向こうのヤシの木に姿を隠すように、タラプール原発は建っていた。

 この核施設には、1969年に稼働したインド初の原発2基(米国製)と使用済み核燃料の再処理工場がある。アカラパティ村は、そこからわずか1.5キロの核施設に最も近い村である。

 通訳を通じて私たちは取材の意図を説明した。国内外を問わず、ジャーナリストが村を訪ねるのは初めてということで、住民たちは最初、警戒心から口が重かった。しかし、時間がたつにつれ、「実は言いたいことがいっぱいある」と、次々に話し始めた。

 英語を話せる村の長老格、ダタトラヤ・パティルさん(65)がまず口火を切った。

 「最近、次から次にヤシの木が枯れてしまう。こんなことはこれまでなかったのに…」。こう言って彼は、村を案内してくれた。「ほら、ここにも、あそこにも」と彼が指さす方に目をやると、10メートル以上に伸びたヤシの木がすっかり葉を落とし、無残な姿をさらしている。

 村を歩いている間に、30人余りの男ばかりの集団に膨らんだ。その中の1人、電気技師のシュリー・パティルさん(29)が言った。「ここ数年、牛がよく死ぬんだ。エサを求めて干潟の方を歩いているうちにだよ」

 原因は分からないという。しかし、住民たちは原発や再処理工場に疑いの目を向ける。

「最も汚れた原発」

 タラプール原発は、これまで何度も事故を起こし、「世界で最も汚れた原発」と酷評されている。1989年9月、インドの主要英字紙「インディペンデント」など2紙が、この原発近くの海域で採取した海藻から「異常に高い放射性ヨウ素が検出された」と報じた。これはボンベイ郊外にあるバーバ原子力研究センターの科学者2人が、環境調査結果を海洋科学誌に発表した内容を伝えたものである。

 それによると、ヨウ素129が自然値の740倍にも達しているという。2人は「再処理工場からの排水が主な原因」と指摘した。しかし「環境への放出が直ちに人間のヨウ素摂取量の増加にはつながらない」と結んでいる。

 ヨウ素129の半減期は約1,600万年で、ヨウ素131(半減期8日)など他の放射性物質についての実態は、現在のところ不明のままだ。だが、ヨウ素は体内に入れば、主に甲状腺に蓄積され、成育障害やがんを引き起こすということが判明している。

 農業を主体に細々と生計を立てる村の住民に、こうした事実を知る人はいない。住民の98パーセントまでが読み書きができないのだ。何の説明もなく塩田が閉鎖されたり、井戸が使用禁止になったりした。

 「わしらが何も知らないことをいいことに、工場ではやりたい放題さ」。シュリーさんは吐き捨てるような口調で言った。