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世界のヒバクシャ

4. 死魚でなく生きた魚を

第4章: インド・マレーシア・韓国
第1部: 核と貧困―インド原子力開発の影

原発で魚影消える

 サドレス村はカルパカム核施設の南側に隣接する人口500人足らずのひなびた漁村である。北側にあるコッキラメデ村と同じように貧困が支配しているが、少し様相が違う。ヤシの葉をふいた屋根の下で子供たちが学び、その横にベンガル湾漁業組合の小さな建物がある。

 中にいた3人の青年に来意を告げた。部屋に入ってみると壁には原発反対のポスターや、1週間の授業計画表などが貼ってある。「学校」は組合が運営する寺子屋学級だった。

 「どうして原発に反対するの?」。単刀直入に質問をぶつけてみた。

 「魚が捕れなくなったんだ。漁の最中に波をかぶると体がかゆくなったり、下半身に水膨れができたりするんだよ」。事務局長だという小柄なPさん(39)が、身ぶりを交えて説明した。漁船といっても、くり舟か、せいぜい2トンどまりの小さなものだ。

 かつてはカニ、エビ、貝、色とりどりの魚がいくらでも捕れた。「漁獲が激減した原因は、原発の温排水しか考えられない。特に排水口から3キロ以内は魚がいなくなった」と事務局長は厳しい口調で言った。

 「排水口の周りには死んだ魚がいっぱい浮いているよ。それを集めて『カルワル』にするんだ」。がっしりした体格の20歳の若者が、横から口を挟んだ。

 カルワルというのは、魚を2、3日、日に干し、塩をまぶして作った干物のことだ。そういえば、どの家でも庭や軒先に魚を並べて、家を守る女性や子供たちがカルワルを作っている。「みんな売るためなんだ。わしらは気持ちが悪いから一切口にしないけどね」。若者はちょっぴり後ろめたそうに言った。

「鮮魚を売りたい」

 漁民たちはこのカルワルをマドラスへ運び、貧しい人たちに売って現金を得る。都会の貧しい人たちにとって、これが一番安いタンパク源になる。

 「こんなものを食べて大丈夫なのだろうか?」と質問すると、「そりゃあ、放射能の毒があるかもしれないさ。でも、魚は捕れんし、収入がほとんどないんだ。生活のためには仕方がないよ」。若者の口調は急に重くなった。

 核施設の周辺海域の水温は、普通なら30度前後である。ところが「原発2基が稼働中は排水口の周辺は60度以上になって危険だ」と事務局長が話してくれた。漁の途中でひどく疲れたり、かゆみを覚えたりすることも多くなったという。

 なぜ「不思議なこと」が起きるのか? それを解明しようと組合では最近、ベンガル語でやさしく書かれた放射線に関する冊子を手に入れ、学習会を始めた。ガンマ線やベータ線、ソ連チェルノブイリ原発事故のことも書いてある。

 「当局はいつも安全だと言うだけ。でも、チェルノブイリのことなど知ると心配だよ」。事務局長は住民の気持ちを代弁するように言った。

 漁獲量の減少、魚の変死、体の不調についてこれまで当局に何回か訴えた。しかし、そのたびに「だれかが利益を得るための宣伝にすぎん」と、まじめに取り合ってくれなかったという。

 サドレス村の漁民も、名前の使用や写真撮影を拒んだ。しかし、この村の住民たちは貧困から抜け出すために声を上げようとしている。

 「死んだ魚でなくて、生きのいい魚を売りたいからね」。若者の鋭い目が初めて笑った。