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世界のヒバクシャ

7. 学者の訴え 南アジアに非核兵器地帯を

第4章: インド・マレーシア・韓国
第1部: 核と貧困―インド原子力開発の影

秘密主義の原子力政策を批判

 「私たちは新しく誕生したシン政権に対し、これまでの秘密主義の原子力政策を改め、原子力施設の環境対策や、住民、労働者の被曝実態調査を要求する」

 ハイデラバード中心部の記者クラブで、新聞記者ら35人を前にネール大学(ニューデリー)准教授のディレンドラ・シャーマさん(57)は、こう力説した。「残念ながら核施設周辺の住民もあなたがたマスコミ関係者も、放射線の影響についてほとんど知らない。しかし、この近くの核燃料複合施設を含め汚染は深刻です」

 シャーマさんの専門は科学政策である。1947年のネール首相以降、ラジブ・ガンジー前首相までの42年間、オープンな原子力政策の論議はなかった。こうした政府の「秘密主義」を打ち破ろうと、1981年にSANE核政策委員会を結成し、「もっと正気な(SANE)核政策を」と説く。

 結成から2年後、彼は独自調査を基に「インドの核特権階級」を出版した。原子力政策を批判した初めての本として反響を呼んだ。「随分圧力もかかったがね」とシャーマさんは笑う。いまだに准教授止まりなのもそのためらしい。

 だが、彼は闘いをやめない。批判のないところに民主主義は育たない―と信じるからだ。「誤った科学政策のツケは取り返しがつかないからね」。そんな彼の信念は、学者として米英で人生の半ばを過ごした体験と深く結びついている。

貧困置き去りで原子力開発

 インドの指導者には「発展のカギを握るのは原子力」との考えが根強い。底流には、中国との国境紛争、隣国パキスタンとの長年の対立など政治・軍事的要因がある。「それに、核技術は先進国へ仲間入りするパスポートというイメージが強いんですよ」。そう言ってシャーマさんが1つのデータを見せてくれた。1985年以降5年間の歳出計画である。

 それによると、核エネルギー開発は15パーセント、宇宙開発17パーセント、軍事費37パーセントと、この3つで歳出の69パーセントを占めている。一方、教育・福祉を含む社会サービスは5パーセント、地方開発0.1パーセント。「8億を超える人口の85パーセントが地方に住みながら、地方開発費はわずか0.1パーセント。これで貧困を解消しようといっても無理な話だ」とシャーマさんは力説する。

 彼は、原子力偏重が、貧困の解消を遅らせている一因とみる。例えば、原発への膨大な投資とは裏腹の低い稼働率がそうだ。おまけに放射能汚染による環境破壊が輪をかけている。「お目付け役であるはずの原子力規制委員会の委員長が『金も、技術も、装置も足りないから、原子力庁のデータを基に判断している』と言ってはばからない。信じがたいが、これがインドの現実なんです」

 シャーマさんらSANEのメンバーは、1989年12月に発足した新政府に原発開発のモラトリアム(一時停止)を訴えている。その一環として全国主要都市で放射能汚染による環境破壊や核被害の写真展を開く。一方で南アジアの非核地帯化も呼びかけている。

 「パキスタンも貧困に苦しんでいる。お互い、愚かな核開発はやめようということですよ」。シャーマさんは穏やかに言った。

 新政府は、貧困からの脱却と原子力開発と、どちらを選択するだろうか。