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世界のヒバクシャ

2. 白血病で軍と係争

第5章: 英国 • フランス
第2部: 閉ざされた核情報―フランス

煙検知器が「犯人」

 地中海に面した南仏の国際リゾート地ニース。その山手の高層アパート6階に、7年前に白血病で夫を失ったニコル・ジャメーさん(56)は、1人で暮らしていた。

 「何から話せばいいのかしら…」。彼女はこう言ってしばらく、窓の向こうに広がる紺碧(こんぺき)の海を見つめた。「夫はね、15年も空軍のパイロットを務めた生粋の軍人よ。だから軍に不満があっても死ぬまで口にしなかったわ」

 小柄な彼女とは対照的に写真の中の夫のイブさん(当時51歳)は大きくがっしりとしていた。除隊後、電気技士として5年間、民間企業に勤務し、1972年、中央フランス・シャトールー市近くの海軍ミサイル研究施設の管理人になった。

 「夫が被曝したのは、そこで煙検知器の掃除をさせられていたからなの」。この施設の煙検知器には、アルファ線を放出するアメリシウム241が使われていたのだ。アメリシウムは煙によるエネルギーの減衰効果が高いために「スイッチ」の役目を果たす。ところが、半減期433年のこの物質が体内に入ると、血液や骨にたまってがんの原因ともなる。

 イブさんは、検知器のふたを開けて掃除するのは危険だと知っていたし、修理の時はメーカーに送らねばならないことも知っていた。しかし、何度上官に「規則違反」や「危険」を訴えても聞き入れられなかった。

 「働き始めて3年目ごろだったわ。病気1つしたことのない夫が疲れを訴え始めたのは…。白血病と分かったのはそれから2年後よ」。イブさんは入退院を繰り返し、1982年2月に亡くなった。

 ニコルさんが夫の死と煙検知器の関係に気づいたのは、夫が亡くなったその日だった。ベッドのそばの本棚に、ノートにぎっしりと書き込んだ作業日誌を見つけたのだ。「どの上官から修理をするように言われたとかが細かく書いてあったの。これを読んで煙検知器が夫の命を奪ったって確信したわ。もっと早く分かっていたら…」。彼女は無念さをにじませながら言った。

賠償金支払い渋る

 国防省はイブさんの死を「労働災害」と認めた。その一方でニコルさんに「通常の死」だったと認める文書に署名するよう求めた。納得できない彼女は「身勝手な軍が許せない」と提訴し、1988年に下った判決で全面勝訴した。しかし国防省は逆訴訟を起こすなどして、いまだに賠償金を支払おうとしない。

 ニース市内で会った彼女の弁護士ブラジミーラ・ジュヘイさん(44)は「イブさんのアピールを無視し続けたのは、人の健康より経費節減の方が大事だったからよ。賠償金の支払いを渋るのも、1つ認めれば次々と訴えられるからなの」と国防省の態度を厳しく批判する。ジュヘイ弁護士は「まだ名前は言えないけど」と断った上で、もう1つのケースを紹介してくれた。

 軍人の夫が訓練中に放射性物質が爆発して被曝し、イブさん同様、白血病になり、妻と子供3人を残して亡くなったというのだ。この場合も軍は、労働災害と認定しても、自らの責任を認めようとしない。放射線による被曝が絡むと軍は神経質になるのだ、とジュヘイ弁護士は言う。

 夫が亡くなるまで軍を疑ったことなどなかったニコルさんだったが、この7年間ですっかり見方が変わった。「夫がもしノートを残していなければ、何も知らないままだったでしょうね。でも、今は同じ境遇に置かれている人のためにも闘い続けるわ」。彼女は最後まで気丈に胸の内を語ってくれた。