×

世界のヒバクシャ

6. 核実験の被害否定

第5章: 英国 • フランス
第2部: 閉ざされた核情報―フランス

放射線医学の重鎮

 ラジウムの発見者キュリー夫人にちなんで命名されたパリのキュリー研究所は、世界で初めて原子炉事故の被害者に骨髄移植手術を施すなど、被曝者治療の最先端を歩んできた。まさにフランス原子力政策の医学分野のかなめである。

 その研究所で、放射線被害やがん研究に携わって35年になるというロジャー・ゴンゴラ博士は、フランス放射線医学界の重鎮である。「マスコミ嫌い」と聞いていた彼が「写真を撮らないのなら会おう」とすんなりインタビューに応じてくれた。

 通訳をはさんで2時間。聞きしにまさる人物だった。その一部を紹介する―。

 ―これまでどれくらいの被曝者を治療したのですか。
 約500人。うち85人は医療分野や金属の非破壊検査装置の取り扱いミスなどで被曝し、やけどの症状などが出た重症者だ。この中には20人の外国人も含まれており、大量被曝のためにわずかな治療を施しただけで死んだケースもある。

 ―原子力産業界では重症の被曝者はいないのですか。
 1958年には、実験炉で被曝したユーゴスラビアの科学者5人を治療した。外国人にはいるが、わが国には重症者は1人もいないよ。安全対策が徹底している何よりの証拠だ。

 ―低線量被曝とがんの因果関係をどう見ますか。
 先進国では死因の20~30パーセントががん。そんな時代だから、放射線被曝が原因かどうかを判別するのは不可能だ。経験的に言って、低線量被曝の影響はないと考えている。

 ―でも、原子力産業に働く人はがんにかかりやすいのではありませんか。
 君はがっかりするだろうが、わが国では逆だ。一般の人よりがんが少ない。がんにかかりたくなければ、原子力産業で働いた方がいい。統計がそれを証明してるんだ。

 ―フランスの核実験による被曝者の治療経験は?
 ノン(ない)。実験で死の灰は少し降ったかもしれないが、十分注意してやっており、被曝者は1人もいない。

 ―被曝者がいても軍機密で隠されているのではありませんか。
 そんな事実があれば君たちのようなジャーナリストが見つけ出すから、すぐに分かるはずだ。軍との連携は密接にしており、軍が秘密に治療をしているとは考えられない。

 ―ポリネシアの被曝者がパリで治療を受けていると聞きましたが。
 あり得ないことだ。そういううわさを立てるのは政治的な意図があるからだろう。

写真が語る「事実」

 毒気に当てられたような気持ちでインタビューを終え、ゴンゴラ博士と分かれた翌日、核実験反対グループ「SOSタヒチ」のリーダー、マドリーン・ブリスランスさん(67)に会った。

 タヒチ人と結婚している彼女は「これを見て」と1枚の写真を取り出した。パリの病院で治療を受けるタヒチの少女と付き添いの母親が写っている。少女の病名は白血病だった。

 「この母子は私の主人の親類なの。親類だからというので、病院側はしぶしぶ面会を許可したのよ。この写真、見舞いに行った時に撮ったの。でもね、かわいそうにこの子は亡くなったわ。この母子だけじゃなく、ポリネシアから連れて来られた患者はたくさんいたわよ」

 彼女の話を聞きながら、フランスの「核の壁」の厚さを思い知らされた。