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ジュニアライター発信

悲しい証言伝えねば ジュニアライターが8・6取材

 平和をテーマに取材・活動している中国新聞ジュニアライターが広島原爆の日の6日、平和記念公園(広島市中区)を訪れたカザフスタンや、イラン、東北・関東の人たちに取材しました。カザフスタンは、旧ソ連最大の核実験場があった国。イランから来日した5人は、イラン・イラク戦争(1980~88年)のとき、化学兵器で健康を害しました。東北・関東の親子3組は、福島第1原発事故の影響を懸念して広島に移住・ショートステイしています。核兵器や大量破壊兵器による被害を受けた人たちは、被爆地広島で何を感じたのか。平和のために何ができるかも一緒に考えました。

カザフスタン

 

核実験 影響知らず被曝


 日本語講師アクマラル・トッカリナさん(28)は9歳の時まで、セミパラチンスク核実験場に近いサルジャール村で暮らしていました。度々起こる揺れを地震だと思い、家が壊れるのを恐れて外に出て、揺れが収まるのを待っていたそうです。

 しかし揺れの原因は核実験でした。カザフスタンの人々は放射線の人体への悪影響を知らされないまま、被曝(ひばく)したのです。

 同じ村で暮らしていた祖父は60代でがんで亡くなりました。トッカリナさんは被曝が原因だと思っています。「核実験の影響で、どれだけの人が苦しんでいるか考えてほしい。世界のどこでも、核実験をしてはいけない」と強く主張します。

 カザフ民族大3年エルジャン・ボラットさん(20)は2009、11、12年に広島の若者グループがカザフスタンで開いた平和会議に協力しました。カザフスタンとヒロシマという同じ核被害地の若者が集まり、核のない世界をどうやってつくるかなどを話し合いました。

 今回初めて広島を訪れたボラットさんは「核の脅威をただ事実として知るだけではなく、世界中の若者と一緒に理解を深めたい」と積極的です。トッカリナさんも「ヒロシマの若者と一緒になって、世界に核の被害について伝えることが大切。核兵器をなくすために行動していく」と決意を新たにしていました。(高3・城本ありさ)

カザフスタンの被曝(ひばく)者
 旧ソ連最大のセミパラチンスク核実験場で、1949年から89年までに、450回以上の核実験が繰り返された。うち100回以上は空中や地上で実施されたため、放射性物質が広い範囲に広がり、周辺住民にがんの発病や異常出産が相次ぐなど、被害が深刻化した。今も多くの人ががんや心臓病などに苦しんでいる。影響を受けた人は約150万人に上るという。約1万8500平方キロと四国とほぼ同じ面積の同核実験場は91年に閉鎖された。

イラン

 

毒ガス被害 苦しみ今も


 化学兵器の一つ、マスタードガスは、腐った野菜やニンニクのような異臭がし、吸い込むと呼吸困難や目、皮膚への激しい痛み、吐き気などを引き起こします。たとえ爆弾の投下地点から離れた所にいても、数十年後、肺などに症状が出ることもあるそうです。遺伝子への影響は、今のところ不明といいます。

 志願兵だった18歳の時、マスタードガスによる攻撃を受けたベヘルーズ・アッバスィーさん(46)は、あまりの痛みに1週間、目を開けることができませんでした。後遺症で視力が低下。角膜移植を受けました。しかし今もよく涙が出る上、強い太陽光から目を守るため、外出時にはサングラスが必要です。

 「広島もイランも非人道的な大量破壊兵器の被害を受けた。廃絶のため協力していくのが私たちの使命だ」と語るのは、マスタードガスを受けた時、16歳で志願兵だったアリーレザー・ヤズダンパナーさん(42)。「被害者は薬では完治できず、一生苦しむことになる」と強調します。ただ、使ったイラク人に対しては「兵士として命令されてやったことだ。昔のことは忘れて未来のために協力しよう」と提案します。

 イランの首都テヘランには平和博物館があります。原爆資料館(広島市中区)のピースボランティアを参考に、アッバスィーさんやヤズダンパナーさんは、ボランティアガイドとして、化学兵器の恐ろしさを来館者に伝えています。若い人たちには、命の大切さを理解し、互いに尊敬して友情を結ぶことが、平和への原点だと教えてくれました。(高3・田中壮卓)

イラン・イラク戦争での化学兵器使用
 イラン・イラク戦争(1980~88年)中、イラク軍はイランに対してマスタードガスや神経剤を使ったとされる。日本とイランの毒ガス被害者の症例をまとめた図説集「マスタードガス傷害アトラス」によると、10万人以上のイラン人が化学兵器による被害で救急処置を受け、入院した。

 化学兵器は、国境沿いなどでイラン軍に対して使われた。初めて一般市民を目標とした攻撃は87年6月。イラン北部のサルダシュトは、当時の人口約1万2千人のうち110人が数日中に死亡した。88年3月には、イラン国境近くのイラクの町ハラビジャで5千人以上が殺された。

フクシマ

 

原発事故 子の健康憂う


 今なお続く事故原発からの放射性物質や汚染水の流出で、子どもを持つ家庭は強い不安を感じる時があるといいます。1年7カ月前に福島県いわき市から広島に移り住んだ新妻有紀美さん(38)が最も心配だったのが3人の子どもの健康でした。

 「私は将来、元気な子どもを産めるだろうか」。高校3年の長女の言葉にショックを受け、子どもの被害軽減のため、福島に夫を残して移住しました。

 千葉県市原市に住み5歳、2歳の男児とショートステイで広島に来た米野清子さん(39)は「地元はあまり被害がないとされている地域で周りの人はほとんど無関心」と指摘。近所の人や夫とも思いや情報を共有できず、ストレスを感じています。

 千葉県大網白里市から1歳の長男と短期間広島に来た小野寺麻美さん(37)は、放射能に対する意識の高さに気付きました。ホールボディーカウンターで、事故前はほとんど未検出だったセシウムが検出されたという米野さんも、原爆資料館(広島市中区)を見学、被爆者と自分を重ね合わせ、初めて自分の状況を受け入れられたそうです。

 新妻さんは、子どもたちが外で伸び伸び遊べ、食べ物の放射能汚染について心配せずに暮らせるようになりました。「ここでは当たり前のことができる」

 長年暮らした古里を離れることは簡単ではありません。自然豊かな地元に愛着を持っていたり、家族に移住を反対されたりすることも多いからです。しかし、「親にとって一番大切なのは子どもの健康」と3人は強調します。「被害を少なくしながら家族仲良く暮らしたい」。3人の願いです。(高3・秋山順一)

アンケート

 

原発は賛否二分 核兵器は全員反対


 ジュニアライターの取材に応じたカザフスタン3人、イラン5人、東北・関東3人の計11人に、原子力発電所や核兵器の是非などについてアンケートに答えてもらいました。

 原発については賛否が二分されました。イランの4人が「賛成」とした一方、カザフスタン、東北・関東は6人全員が「反対」と答えました。「賛成」のイラン人は「生活を便利にするものだから」と理由を挙げています。「反対」の人は「(日本は)昨年夏も原発なしで電力不足にならなかったのだから再稼働は必要ない」「他の自然エネルギーを使うべきだ」「核廃棄物が気になる」などでした。

 核兵器については回答者全員が「反対」でした。「非人道的だから」(イラン)「核兵器が存在するなら戦争も存在することになってしまう」(カザフスタン)「漫画『はだしのゲン』を読みました。核兵器は殺傷能力が高くて怖い」(東北・関東)などが理由です。

 広島で8月6日を過ごした感想については、「いかに広島の人々が被爆者を尊敬しているのかが手に取るように分かり、大変興味深かった」(イラン)との意見が印象的でした。カザフスタンの3人は「忘れないということは素晴らしい」と答えていました。「まだ原爆の被害は終わっていないと実感した」(東北・関東)と書いた人もいました。(高2・来山祥子)

取材を終えて

 

情報少なく不安大きく/戦争は人傷つけるだけ


 「経験者・目撃者の体験を正確に知り、伝えることが大切」とイランの被害者が言っていました。これまでのジュニアライターの活動で、それができていたと信じています。(高3・秋山順一)

 原爆の事実を伝えていこうとしている自分がまずすべきことは、世界中の核被害について深く学ぶことだと強く感じました。(高3・城本ありさ)

 今回がジュニアライターとして最後の取材でした。これまでの経験を生かして、これからも何事に対しても積極的に取り組んでいきます。(高3・田中壮卓)

 「未来の世代は核実験の被害に遭ってほしくない」。カザフスタンのトッカリナさんの言葉が忘れられません。世界から核兵器をなくすために行動したいです。(高2・井口優香)

 原発事故により、古里は好きだけど子どもの将来を考えると離れたい、と悩む人がいることを初めて知りました。もっと多くの人に知ってほしいです。(高2・来山祥子)

 関東では、子どもの内部被曝を気にする母親が少ないと聞いて驚きました。私たちは、もっと放射線の被害に関心を持つべきです。(高2・木村友美)

 自分と同じくらいの年齢の時に、毒ガス被害を受けた人がいると知りました。原爆だけではなく、世界で起きている戦争について知りたいです。(高2・寺西紗綾)

 原発事故後の情報の少なさが、米野さんたちの不安を大きくしていると感じました。(高1・井口雄司)

 カザフスタンの核実験場は、市民の力で閉鎖されたと知りました。みんなが協力すれば、大きな力になるんだと、あらためて感じました。(高1・河野新大)

 さまざまな人の平和に対する思いを肌で感じられた一日でした。被爆地広島で生まれ育った高校生として、よりよい世界をつくるために活動したいです。(高1・高矢麗瑚)

 「命の大切さを理解し、誰とでも仲良くして」というイラン人の言葉が印象に残っています。世界中の人が平和に暮らすには、どうすべきか考えたいです。(高1・了戒友梨)

 他のジュニアライターは、たくさん質問していましたが、僕は圧倒されて、あまり質問できませんでした。次からは積極的になりたいです。(中3・岩田壮)

 放射線の影響を知らなかったカザフスタンの人々は、核実験による被害を避けられませんでした。無知は恐ろしいです。世界に核の被害を伝えたいです。(中3・谷口信乃)

 「子どもが被曝して病気になった夢をよく見る」という千葉の母親の言葉から、目に見えない放射線の恐ろしさを感じました。(中3・中野萌)

 イランの元兵士から聞いた戦争の体験談は具体的でとても恐ろしく、戦争は人を傷つけるだけだ、とあらためて認識しました。(中3・中原維新)

 イラン人から「戦争体験者の話を聞き、伝えることが大切だ」と教わりました。私も被爆証言を聞き、戦争の悲惨さを語り継いでいきます。(中2・正出七瀬)

 カザフスタンで核実験が行われていたことを初めて知りました。核実験の恐ろしさをもっと学び、周りの人に伝えたいです。(中1・岡田実優)

 核実験の影響を受けた、障害のある赤ちゃんの写真を見ました。目をそらしたかったけど、事実を受け止め、発信しなければならないと痛感しました。(小6・藤井志穂)

(2013年8月13日朝刊掲載)

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