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ジュニアライター発信

[ジュニアライターこの一作] 「少年口伝隊一九四五」(井上ひさし著)

戦後 生き抜く苦しみ

 この本を読んだとき、今までにない恐怖(きょうふ)を感じました。美しい挿絵(さしえ)とともに鳥が鳴き、緑があふれた8月6日朝の比治山から、物語は始まります。しかしそんな幸せから一転、荒(あら)く塗(ぬ)りつぶされた真っ赤なページが目に飛(と)び込(こ)んできます。原爆が投下されたのです。

 人が死んでいく様子が、淡々(たんたん)と語られます。思わず目を背けたくなりました。それと同時に、被爆者が涙(なみだ)ながらに話してくれた学校での講演会を思い出しました。熱い。痛い。そして大切な人を助けられない罪悪感。さまざまな苦しみを抱(かか)えて死んでいった人々がいることを忘れてはなりません。

 原爆で家族を失った3人の少年は、中国新聞の口伝隊をやります。発行できなくなった新聞に代わりニュースを伝え歩く仕事です。少しずつ街は活気を取(と)り戻(もど)そうとしますが、体に潜(もぐ)り込(こ)んだ「殺人光線」が人々から表情を、そして命を奪っていきました。

 哲学(てつがく)者の老人が、少年に言った言葉です。「正気でいないけん。狂(くる)った号令を出すやつらと正面から向き合う務めがのこっとる」。この「狂った」は、戦争を正義とした社会で、「正気」は自分を見失わないことだと思います。本当に正しいことが何か、分からない戦中戦後に、生(い)き抜(ぬ)く苦しみを突(つ)き付(つ)けられました。(高2沖野加奈)

(2017年4月3日朝刊掲載)

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