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ジュニアライター発信

[ジュニアライターこの一作] 被爆後の光景浮かぶ「夏の花」(原民喜著)

 主人公の「私」が、妻の墓を訪れる場面から、この短編小説は始まります。原爆投下はその翌々日。8月6日の朝、主人公が便所へ入ると突然(とつぜん)、「頭上に一撃(いちげき)が加えられ、眼の前に暗闇(くらやみ)がすべり墜(お)ちた」のです。

 死を免(まぬが)れた主人公。周囲のありさまを見て、「このことを書きのこさねばならない」と心につぶやきます。

 この小説を読んでいる時、祖父をはじめ、今まで出会った被爆者の話を何度も思い出しました。

 私の祖父は、主人公のように偶然(ぐうぜん)にも助かりました。5歳の時、弟とセミを捕(と)りに行っていましたが、帽子(ぼうし)を取りに家に戻った直後に被爆。倒(たお)れてきた食器棚と壁の間にいて無事でした。

 小説には、被爆後の地獄(じごく)のような状況が細かく表現されています。いくつもの「助けて」「水が欲しい」という声、髪が抜け鼻血が出て亡くなる人…。今まで被爆者から聞いてきた想像を絶する光景が、はっきりと目に浮(う)かびました。

 最後に、「N」という人物が登場します。妻の行方を何日もかけて必死に捜(さが)す場面で終わっています。原爆は、罪のない市民の生活を全て破壊(はかい)します。自分の愛する人の最期を見届けられない苦しさを抱えて生きてきた人は数え切れないほどいるのだと思います。(高2溝上希)

(2016年6月20日朝刊掲載)

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