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核なき世界への鍵

[核なき世界への鍵 禁止条約に思う] 作家 平野啓一郎さん

被爆地訪れ 耳澄まして

 被爆地を訪れ、その場に立つ。半径数キロの範囲で万単位の人間が殺されたり苦しめられたりしたと実感させられる。悲惨さを学び、現在の街の魅力を知り、出会った人たちの顔を思い浮かべればなおさら、「核兵器が必要だ」とは決して言えなくなる。

 しかし、核兵器をもっぱら「戦略」で捉えるなら、半径数キロは世界地図の上で点にもならず、大したことがないように見えてくる。安全保障における「核の傘」依存を理由に、核兵器禁止条約に署名しない日本―。体験者の語りに耳を澄ませ、核兵器に対する考えを発しているか。

  ≪ベストセラーとなった最新作「マチネの終わりに」で主人公の一人を長崎の被爆2世として描いた。被爆70年の夏には、広島市での広島交響楽団のコンサートで原爆詩を朗読した。≫

 文学者として原爆被害や核問題へ関心を寄せる土台の一つに、原爆文学を相当読み込んだことがある。コンサートで朗読したのは、原民喜の原爆詩「鎮魂歌」。登場人物の会話は生々しい。その土地の日常に根差した庶民の語りから、核兵器の非人道性が伝わる。悲惨を知る何よりの一歩だと思った。

  ≪有志国主導で、非人道兵器として核兵器を禁止する条約ができた。ただ保有国や日本は背を向ける。≫

 条約に反対する論調は、「米国の核の傘と矛盾する」「核保有国と非保有国の溝を深め、核拡散防止条約(NPT)体制を揺るがす」などと、条約賛成論を「現実主義」の観点から批判する。実際は、特定の国々に核兵器保有を認めるNPT自体が国家間の分断を生んでいる。「現実主義」の多くは政府の主張を知識として追認し、過剰適応している。それは危うい。

 最近はインターネットの影響を受けている。情報があふれるほど人々は「情弱(情報弱者)」と見られるのを恐れる。もっともらしい情報に飛び付き、批判的に考えることなく反復する。私たちはまず個人として被爆国が何をすべきかを考え、自分の考えを言い表すべきだ。政治がどう受け止め動くかは次の問題だ。

  ≪自らは政府は禁止条約に加盟すべきだとの考え。条約交渉にすら反発する姿勢をツイッターでも疑問視した。≫

 核抑止力への依存は冷戦構造の産物。「唯一の被爆国」でありながら、核の傘の下にある日本の矛盾は、自己責任だけでは解決しない。自己矛盾を引き受けつつ、世界にも共有させ、矛盾解消への道を模索しなければならない。その困難な立場をいかに説得力を持って語るかが政治の仕事だ。

  ≪日本政府は、核の傘から出ない理由の一つに核開発を続ける北朝鮮の存在を挙げる。≫

 交渉余地が皆無とは思わない。北朝鮮が望むのは体制保証。北朝鮮も乗るストーリーを作って緊張状態をいったん和らげ、それから中長期的に核問題を考えるしかない。「悪い国だから核開発放棄までは対話しない」では何も始まらない。

 資本主義と社会主義で分断された冷戦期と違い、いまや中国や韓国などとの経済的な相互依存関係は深い。核による「抑止力」で世界を見るべきではないことも忘れてはならない。(聞き手は金崎由美)

    ◇

 核兵器なき世界を目指す各国が20日、核兵器禁止条約に署名し始めた。その歴史的一歩を阻むかのように核を巡る国際情勢は厳しさを増す。条約の意義や被爆地の市民に求められる役割を有識者や被爆者に聞く。

ひらの・けいいちろう
 1975年、愛知県蒲郡市生まれ。京都大法学部在学中に発表した「日蝕」で99年、当時最年少の23歳で芥川賞を受賞した。

(2017年9月21日朝刊掲載)

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