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「世界滅亡装置」 危機今も 核戦略研究者エルズバーグ氏回顧録 日本語訳出版

 米軍岩国基地に核兵器が貯蔵されていたことを1970年代に告発した米国の核戦略研究者で平和運動家、ダニエル・エルズバーグ氏(89)の回顧録「世界滅亡マシン」の日本語訳が、岩波書店から出版された。自らも深く関与した全面核戦争計画を詳述し「核兵器は長崎以来、使われていない―という概念は誤っている」と断じる。(特別論説委員・佐田尾信作)

 エルズバーグ氏は海兵隊などを経て国防総省へ。祖国のベトナム戦争への介入に次第に疑問を抱き、71年、その記録文書「ペンダゴン・ペーパーズ」を新聞社に内部告発して機密漏えいの罪に問われた。最終的には公訴棄却の判決を受け、反核・軍縮の運動に入る。78年と81年には、岩国基地での核兵器の貯蔵や核兵器積載揚陸艦の停泊といった事実を明らかにした。

 岩国の問題に本書は1章を割いている。電子機器修理船を装った揚陸艦が有事には直ちに滑走路に上陸し、核を航空機に積み込む―と推測。万一、船が爆発などすれば、機密が露呈するだけでなく、地域に放射性物質を拡散させかねない。この配備には軍事上の利益が一切なく無責任な行動だと同氏は断じたものの、それを上層部に進言する人たちはいなかったという。

 同氏の言う「世界滅亡装置」とは何か。それは今も米ロ両国に存在する核兵器の製造・運搬のシステムであり、しかも誤警報、テロ、越権行為などによって発動されかねないものだ。本書では62年のキューバ危機について旧ソ連の潜水艦内の音声を採録したが、米ソ首脳の意図とは別に現場は核魚雷発射の寸前まで切迫していたのである。

 その意味で同氏は「核兵器は長崎以来、使われていない―という概念は誤っている」と断言する。外交手段として核の脅威をちらつかせることは、核の使用と同義で極めて危ういという。さらに「世界滅亡装置」の解体は可能だとし、米ロの核戦力削減の手順を具体的に提言する。一都市が一発の核で破壊されるリスクはゼロにはできないが、人類を絶滅に導く「核の冬」は阻止できる、と述べる。

 第2次大戦で顕著になった都市への戦略爆撃の歴史も同氏は追ってきた。米軍は当初は日本に対し、軍需工場への「精密爆撃」を実行しようとしたが、やがて火災旋風で市民をも焼き尽くす「焼夷弾爆撃」へと転じる。相手の恐怖心をあおり、戦意をくじいて戦争を早く終結させようとした。その延長が広島・長崎への原爆投下だったが、無条件降伏直前の日本に対し何の必然性もなかったはずだ。

 「無垢の市民なんてものはいない」「もはや軍隊と戦おうとしているわけじゃない」というカーチス・ルメイ(日本本土空襲の指揮官)の言葉が引用されている。戦争屋たちの肉声を知って、がくぜんとする。

 四六判476ページ、4290円。訳者は宮前ゆかり、荒井雅子の両氏。

(2020年8月7日朝刊掲載)

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