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「黒い雨」訴訟 控訴 広島市・県・国 援護区域「拡大も視野」 厚労相、再検討表明

 原爆の放射性物質を含んだ「黒い雨」に国の援護対象区域外で遭い、健康被害を訴える広島県内の原告全84人に被爆者健康手帳を交付するよう広島市と広島県に命じた7月29日の広島地裁判決で、被告の市と県、訴訟に参加する厚生労働省が12日、広島高裁に控訴した。加藤勝信厚労相(岡山5区)が援護対象区域について「拡大も視野に入れた再検討をする」と表明し、政府に控訴断念を求めてきた市と県が控訴に転じた。(久保田剛)

 被爆75年の節目に出た原告全面勝訴の裁判は、審理の舞台を広島高裁へ移す。一方で、国が1976年に指定した黒い雨の援護対象区域「大雨地域」は、広がる可能性が出てきた。市役所で記者会見した松井一実市長は「本年度中をめどに方向性を出すよう求めていく。そうでなければ、拡大が結実するかどうか不安定になる」と主張した。

 原告団は広島市中区で記者会見を開き「厚労省は原告を含めた被害者を救済せず、控訴という不当な政治決断をした」と批判した。松井市長は「勝訴された原告を思うとつらいが、訴訟とは別に救済の道を開かなければならない。科学的に被爆との因果関係を明確にしなければ救済しない仕組みを越えた政治決断が必要だ」と理解を求めた。

 加藤厚労相は控訴を決めた理由について「関係省庁で協議した結果、これまでの最高裁判決と異なり、十分な科学的知見に基づいた判決とは言えないと結論付けた」と説明した。長崎原爆で国の指定地域外にいた「被爆体験者」を被爆者と認めなかった最高裁の2017年と19年の2度の判断などが背景にある。

 同時に、専門家を含む研究班をつくって「区域拡大も視野に入れた再検討をする」との考えを示した。松井市長は11日に加藤厚労相とインターネットを使って会談した際にこの方針を聞き、控訴を受け入れたと説明。研究班に市職員を参加させ、本年度中にも援護対象区域の拡大について方向性を出すよう政府に求めていくと表明した。

 現行の援護対象区域は、被爆直後の広島管区気象台(現広島地方気象台)の調査を基にする。今回の広島地裁判決はこの線引きの妥当性を否定し、原告の証言の信用性などを個別に検討するべきだとして、原告全員に被爆者健康手帳を交付するよう命じた。手帳の交付は国からの法定受託事務で、交付の実務を担う市と県が裁判で被告となった。

「累次判決と判断異なる」 首相説明

 安倍晋三首相は12日、広島地裁の「黒い雨」訴訟判決で控訴した理由について「累次の最高裁判決とも異なることから、上訴審の判断を仰ぐこととした」と説明した。官邸で記者団の質問に答えた。

 同時に「被爆者は過酷な状況の中で、筆舌に尽くし難い経験をされた。今後もしっかり援護策に取り組む」と強調した。厚生労働省が援護対象地域の拡大も視野に、検証を進めると表明した。

「黒い雨」訴訟 控訴 広島市・県・国【解説】高齢原告の思い かなわず

 広島地裁が原告全84人に被爆者健康手帳の交付を命じた「黒い雨」訴訟で、控訴を主導した政府の姿勢は、判決に沿った一日も早い救済を切に願っていた高齢の原告たちの思いに相反するものだ。同時に示された「援護対象区域の拡大も視野に入れた再検討」についても、具体的な方策は見えていない。

 判決は、国の援護対象区域の外で黒い雨を浴びた人に対しても、証言や疾病を個別に検討して手帳交付を認め、これまでの区域による線引きの妥当性を否定した。原告側は「区域外での被害を訴えながら長年置き去りにされてきた人の幅広い救済につながる」と高く評価。援護行政を抜本的に見直すよう求めていた。

 判決は、国が線引きの根拠にしてきた被爆直後の調査の限界を指摘し、さらに広範囲で黒い雨が降ったとする別の調査を有力な資料と位置づけた。原告側が訴える内部被曝(ひばく)の影響を加味するべきだとも指摘した。この「科学的根拠」を軽んじる国の主張に説得力は乏しく、原爆被害を「過小評価」していると言わざるを得ない。

 確かに、原爆放射線の影響には今なお未解明な点が残る。それでも判決は、被爆者援護法が戦争をした国の「国家補償的配慮」に基づくとあらためて指摘している。「疑わしきは救済する」ことが、原爆被害者に対する政府の責任だろう。

 原告は高齢化している。政府は、判決に沿った被害者の救済策を早急に描き、具体化させる必要がある。区域拡大の求めに背を向けてきたこれまでの対応を改め、表明した「再検討」を実効性のある救済につなげるべきだ。(水川恭輔)

(2020年8月13日朝刊掲載)

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