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社説・コラム

天風録 『渡哲也さんと「愛と死の記録」』

 急ごしらえの代役が存外良かった、とは役者の世界の話だろう。「別に―」発言の女優が麻薬の所持で大河ドラマを降板し、若手が代わって健闘している。再開が楽しみな「麒麟(きりん)がくる」の話▲吉永小百合さんは急きょ登板した渡哲也さんと共演したことがある。1966年の映画「愛と死の記録」の話。当初の相手役浜田光夫さんは顔なじみでも、渡さんは新顔で寡黙な人。小百合さんは当時の思いを後に振り返る。直球しか投げない投手の私が今度は彼の球をしっかり受けなきゃ―▲渡さんの訃報に驚いた。角刈りに黒いサングラス、ドラマ「西部警察」のタフガイの印象が強いからだろうか▲オール広島ロケの「愛と死―」で渡さんは印刷所の工員を演じた。原爆症と闘い、いちずな愛に生きる男。名声を得ての刑事役や軍人役と違う、若々しい「熱」がある。小百合さんが演じる恋人をバイクの後ろに乗せ、カキがらを積み上げた雨の岸壁を走るシーンなど二人の呼吸もぴったりだ▲「この瞬間、今を、永久に記憶するんじゃ」という渡さんのせりふがある。記録映画のようにキャメラが回り、あの時代を追ってもいる。広島の「熱」をタフガイとともに記憶に刻め。

(2020年8月16日朝刊掲載)

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