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社説・コラム

天風録 『チェルノなかりせば』

 1986年、旧ソ連・ウクライナのあの原発事故がなかったら…。隣国の作家アレクシエービッチさんの代表作「チェルノブイリの祈り」も生まれなかったはずだ。すると、今から5年前のノーベル文学賞は村上春樹さんだった?▲隣国とはベラルーシ。事故で飛び散った放射性物質が降り注ぎ、泣く泣く古里を後にする人が続出した。遠くシベリアに両親が移住し、翌年に生まれたのが女子テニスのシャラポワさん。そうしてベラルーシ籍ではなく、ロシア籍で大活躍していく▲多くの犠牲を生み、さまざまな人生を一変させた大惨事の責めを負うべきは旧ソ連だった。だが、あっけなく崩壊。長く続く後始末はもっぱら現地任せとなる。そんな目に遭ったベラルーシで、強力なリーダー待望論が広がったのも不思議ではない▲それでも26年間の独裁とは長すぎる。「ウオッカを飲めばコロナは治る」と無策を取り繕い、デモに参加した若者を訳もなく拘束する。勝手気ままで横暴なルカシェンコ大統領に今や、国民が愛想を尽かすのも当然だ▲くだんのノーベル賞作家もトップ交代を願っていると聞く。民主国家へと再生していく様子を、彼女の珠玉のルポで読みたい。

(2020年8月20日朝刊掲載)

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