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核の脅威 目そらさず 「原爆・平和」出版 この一年

 広島・長崎への原爆投下から75年。被爆者や遺族が求め続けている「核兵器のない世界」の実現はいまだに見通しが立っていない。この一年も「原爆・平和」にかかわる出版物が多く出た。「あの日」を心に刻み、核の脅威から目をそらさないための強いメッセージが伝わってくる=敬称略。(鈴中直美)

反戦の誓い

翻弄された人々の記録

 戦争に翻弄(ほんろう)された人々を描いた書籍も目立つ。横井秀信「異端の被爆者」(新潮社)は、旧制広島一中(現国泰寺高)で被爆した児玉光雄の体験とその後の人生の記録。何度も発症するがんと闘いながら核兵器を告発し続ける。吾郷修司「原爆と朝鮮戦争を生き延びた孤児」(新日本出版社)は原爆孤児となって朝鮮半島に渡った被爆者の人生をたどる。

 「原爆乙女」の治療などに尽くした谷本清牧師の長女、近藤紘子の半生を描いたのは、佐藤真澄「憎しみを乗り越えて」(汐文社)。国内外で講演活動などを続ける意義を伝える。早坂暁「この世の景色」(みずき書林)は自身の戦争体験や原爆で失った妹への思いが伝わるエッセー集だ。

 多彩な表現方法で反戦への理解を深める作品も。山﨑理恵子編著「原爆ドーム4000人の心」(幻冬舎メディアコンサルティング)は市民が描いた合作絵画の画文集。「『この世界の片隅に』こうの史代 片渕須直 対談集」(文芸春秋)は映画の製作秘話を語る。中沢啓治「完全版はだしのゲン」全7巻(金の星社)は、雑誌連載当時の扉絵や惹句(じゃっく)を再現した。

 児童向け絵本では西純子「あやちゃんのひばくたいけん」(竹林館)。実母の体験をもとに日本語と英語で書いた。こやま峰子「北の里から平和の祈り」(北海道新聞社)は、1991年に札幌に完成した原爆資料館「北海道ノーモア・ヒバクシャ会館」設立までの物語。巣山ひろみ「パンフルートになった木」(少年写真新聞社)は広島市立千田小の被爆樹木を題材に、戦争の悲劇を伝える。

節目と継承

証言 地道に伝える

 年月の経過とともに被爆体験の継承が難しくなっていく中、被爆者や戦争体験者の証言を伝える地道な取り組みが続く。パメラ・ロトナー・サカモト「黒い雨に撃たれて(上・下)」(慶応義塾大学出版会)は、広島出身の両親を持つ日系2世の米陸軍元大佐、ハリー・フクハラの波乱の生涯を追った。強制収容、差別、原爆投下…。戦争によって日米二つの祖国に引き裂かれた家族の絆を浮き彫りにする。

 中村真人「明子のピアノ」(岩波書店)は、19歳で被爆死した河本明子が生前愛用していた被爆ピアノの物語だ。長い年月を経て再生し、今も鎮魂と祈りの調べを奏でるピアノに込められた思いをつづる。浜田研吾「俳優と戦争と活字と」(筑摩書房)は鶴田浩二や山田五十鈴たち戦争を体験した往年のスターが残した言葉をたどった。

 夏の会編「夏の雲は忘れない」(大月書店)は、被爆者たちの手記を通して原爆の惨禍を伝える朗読劇を書籍化。脚本家の故菊島隆三が書き残していた未発表作品を小説化した保坂延彦「広島の二人」(ジェイコード)は、日米兵士の敵味方を超えた友情と戦争の不条理さを描く。

 市民団体「旧被服支廠(ししょう)の保全を願う懇談会」は「赤レンガ倉庫は語り継ぐ」を刊行。建物内にいた被爆者たちの証言を収めた。長崎の証言の会編「長崎の証言50年」は、半世紀にわたる会の歩みを総括する。小井手桂子「93歳の遺言 平和のバラード」(ザメディアジョン)は、語り部としても活動した著者が平和の尊さをつづる。

核と戦争

多方面の専門家が論考

 多賀秀敏編著「平和学から世界を見る」(成文堂)は、戦争研究だけでなく、人権や資源開発などさまざまな専門の研究者が書いた平和についての論考集。核に関する条約交渉の背景や意義を検証し、平和安全保障への道筋を示すのは黒澤満「核軍縮は可能か」(信山社)。中村桂子「核のある世界とこれからを考えるガイドブック」(法律文化社)は、核兵器の問題をQ&A方式で掘り下げる。

 津村一史「法王フランシスコの『核なき世界』」(dZERO)は、通信社記者の著者が同行取材したルポ。教皇の発言の真意に迫る。ダニエル・エルズバーグの回顧録「世界滅亡マシン」(岩波書店)は、自らが深く関与した全面核戦争計画を詳述した。

(2020年8月21日朝刊掲載)

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