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社説・コラム

社説 中東国交正常化 パレスチナ 置き去りか

 イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が米国の仲介により、国交正常化することで合意した。  アラブ諸国でイスラエルと国交を結ぶのは1979年のエジプト、94年のヨルダンに続いて3カ国目となり、実に四半世紀ぶりのことだ。ペルシャ湾岸の国では初の国交樹立となる。

 対立していた国と国が長年のわだかまりを乗り越え、和解に動くこと自体は評価できる。しかし中東地域の安定に資するかどうかは不透明だ。かえって地域の情勢を一層複雑にし、新たな緊張を高めてしまう懸念が拭えない。

 48年のイスラエル建国で、パレスチナの地で暮らしてきた多くのアラブ人が故郷を追われた。このパレスチナ問題を巡り、アラブ諸国とイスラエルは4度にわたり戦火を交えた。

 アラブ諸国はこれまで、イスラエルが違法に占領した土地から撤退し、難民の帰還など包括的な和平が実現しなければ、イスラエルとの国交などあり得ないという原則を掲げていた。

 イスラエルと平和的に共存するパレスチナ国家を樹立する「2国家解決」は、国際的な合意でもあった。ところが今回はいずれも棚上げにされた形だ。これではパレスチナ問題が置き去りにされかねない。パレスチナ自治政府は、今回の合意を「裏切り」と非難し、UAEに撤回を求めたのも理解できる。

 UAEは合意の成果として、イスラエルがヨルダン川西岸の占領地の一部併合を中断させたことを挙げる。だが占領地に自国民を移住させることは国際法に違反し、国際社会も強く反対していたはずだ。

 しかも計画は断念したのではなく、凍結である。これではパレスチナの理解は得られまい。新たな抵抗や武力闘争を生めば、地域が不安定化する。

 唐突に見える合意の背景にあるのは、イスラム教シーア派の大国イランの台頭である。内戦が続くシリアやイエメンで勢力を大幅に拡大させている。

 ペルシャ湾を挟んでイランと向き合うサウジアラビアやUAEなどスンニ派諸国にとっては、イランこそが現実的な脅威であると位置付けるようになった。イランを敵視するイスラエルを「敵の敵は味方」と、互いに接近したのだろう。

 そこに核問題を巡って対立するイランの包囲網を構築する狙いで、米政権が仲介に動いた。トランプ大統領は「歴史的な合意」と称賛するが、11月の大統領選に向けて外交成果をアピールする狙いが透ける。

 イランは「パレスチナ人を後ろから刺したような行為だ」とUAEの動きに猛反発し、アラブ諸国がイスラエルと接近する動きをけん制する。

 親米のバーレーンやオマーンなども今回の合意について支持を表明している。サウジアラビアもイスラエルとの正常化に動く可能性もある。そうなれば、アラブ諸国同士の対立がより激化し、新たな分断を招きかねない。地域の和平がさらに遠のいてしまう恐れがある。

 日本政府はパレスチナの孤立を防ぎつつ、欧州諸国とともに中東和平に関与していかなければならない。2国家共存を原則とし、6年間途絶えているイスラエルとパレスチナの直接交渉の再開を求めるべきだ。

(2020年8月23日朝刊掲載)

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