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社説・コラム

天風録 『4万6300名を刻む』

 「弔う」とは「とぶらう(訪ぶらう)」こと、「親しくその人の名を呼び、その声を心に聴く」こと―。シベリア抑留を体験した故村山常雄さんが著書につづる。生き延びた者として凍土に果てた仲間の無念に心を砕き続けた人である▲70歳を過ぎて、抑留中に亡くなった人の名簿作りを決意したという。ところが、旧ソ連から日本政府が受け取って訳した原資料は、奇妙なカタカナだらけ。ほかの資料と照合しながら、4万6300人の漢字表記を確定させ10年掛かりで完成させた▲その一人一人の名前を全て読み上げる。元抑留者や支援者たちでつくる東京の団体が、きのうまで3日にわたってネット上で試みた。名前を呼び心に刻むことが、村山さんの言う弔いになるからだろう▲参加者はゆっくり丁寧に犠牲者の名を読んだ。それは名前によって犠牲者の尊厳回復に努めた村山さんの遺志を継ぐことになる。読む方も聴く方も大きな数で語られる犠牲ではなく、固有の命の重さを実感したようだ▲抑留が始まって75年、元抑留者や遺族の高齢化が進む。一堂に会することも難しくなるかもしれない。「村山名簿」はこれからの追悼の在り方に希望を与えてくれる。

(2020年8月26日朝刊掲載)

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