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社説・コラム

「安倍1強」が残したもの 東京支社編集部長・山中和久

 「最高責任者は私だ」。集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更を巡り、まるで立憲主義を否定するかのような安倍晋三首相の言いぶりがこの政権のありようを象徴したように思う。国民不在で政策を決定する姿が目立ち、長期政権のひずみは森友・加計学園や「桜を見る会」の問題、そして河井夫妻による大規模買収事件につながった。民意との距離が縮められないまま歴代最長を誇った安倍政権は幕を閉じる。

 憲法改正を前面に出し、「国のかたち」を変えることにこだわった。2014年に歴代政権が憲法上許されないとしてきた集団的自衛権について憲法解釈変更を閣議決定した。国民投票で改憲の是非を判断する権利を主権者から奪う振る舞いだったといえる。

 翌年に安全保障関連法を成立させた。その際に持ち出した集団的自衛権の行使要件はあいまいで、国民の不安がぬぐえない中、「数と力」で突き進んだ。これらは日米同盟強化を意味するが、米国の「核の傘」への依存を固定化するのと同じ。被爆地からは核なき世界と逆行したと言わざるを得ない。

 こうした政権運営を可能にしたのは「安倍1強」と呼ばれた体制だ。

 自民党に有力な対抗勢力は見当たらず、「多弱」と言われた野党にも助けられ、閣僚の相次ぐ辞任などで政権が揺らいでも選挙に勝ち続けた。高い支持率を維持したが半面、支持理由の1位は「ほかに適当な人がいない」であった。

 長期政権の下、与党議員も官僚も官邸ばかりを向いた。官邸主導は議論や国民への説明を軽視した。森友学園を巡る公文書の改ざんや「桜を見る会」の私物化疑惑など民主主義の根幹を揺るがす事態を招いた。

 昨年の参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件では自民党本部から1億5千万円の巨額資金が元法相の河井克行被告(広島3区)と妻の案里被告(参院広島)に提供され、首相自身も案里被告の支援に回った。

 「任命責任は私にある」「説明責任を果たす」。記者会見で事件に関して中国新聞の記者が問うたび同じような言葉を繰り返した。他のスキャンダルが出た時と同様に責任を取る気は見てとれなかった。不誠実とも映るこの姿勢こそ長期政権の弊害であろう。

 「地方創生」も尻すぼみとなった。総合戦略にはあらゆる政策を寄せ集めて盛り込んだが、実行は交付金を渡して自治体にほとんど丸投げなのが看板政策の実態であろう。歴代最長の在任期間にふさわしい実績を残したとは言い難い。

 先の通常国会は、不祥事や元東京高検検事長の定年延長問題の追及一色で苦しい答弁が続いた。新型コロナウイルスで初動対応が後手に回り、求心力が低下。憲法改正など自身が掲げた目標の実現が難しくなり、東京五輪・パラリンピックの延期も余儀なくされた。

 安倍1強の7年8カ月にピリオドが打たれた今、日本政治は岐路に立つ。権力の行使に謙虚であるか―。国民との対話で常に自らに問い掛け、丁寧な議論を尽くす姿勢こそが後継首相には求められる。

(2020年8月31日朝刊掲載)

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