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社説・コラム

『潮流』 共感のパイプ

■論説委員 森田裕美

 米国でまた白人警官による黒人男性への銃撃事件が起きた。抗議デモに対する発砲まで起き、血は流れ続ける。新型コロナの感染拡大でアジア系住民への憎悪犯罪も増えていると聞く。多様性が重んじられたはずの国で差別がこうも根深く、暴力となって表出するさまに胸が張り裂ける。

 海の向こうの話では済まされない。在日コリアンたちへの差別の問題を抱えるのはここ日本も同じだからだ。ヘイトスピーチ解消法の施行から5年目に入ったが、ネット上には憎悪の書き込みが後を絶たない。コロナ禍に乗じ、攻撃性が増しているようにさえ映る。

 歴史を振り返れば、人は災害など社会不安がある時に差別や偏見によるデマに流され、愚行を犯す。思い起こされるのが、1923年9月に起きた関東大震災時の朝鮮人虐殺だ。「朝鮮人が暴動を起こしている」といった流言で、暴動の事実が確認されないまま多くの人が殺された。

 ところが近年、この事実を「なかった」とする主張が拡散されている。混乱期の誤報などを根拠に虐殺を否定し、その後に虐殺を認めた政府見解には触れない―。そんな危うい否定論を著書にまとめたノンフィクション作家加藤直樹さんの講演で実情を聞いた。

 恐ろしいのは、そうした歴史観が容易に憎悪犯罪と結びつくことだ。実際、東京で毎年開かれている朝鮮人犠牲者たちの追悼式典の横で、ここ3年ほど虐殺を否定する団体が集会を開き、大音量でヘイトスピーチをして妨害しているという。彼らがしたいことは被害者への「共感のパイプをふさぐこと」と加藤さん。

 相手を同じ人間と見て、その声に耳を傾ければ、虐殺否定論が成り立たなくなるということだろう。裏返せば、私たちが「共感のパイプ」を詰まらせないことこそが、ヘイトに立ち向かう手段になる。

(2020年8月28日朝刊掲載)

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