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社説・コラム

『潮流』 オリンピアンの写真

■報道センター映像担当部長 小笠喜徳

 先月閉幕した広島県立美術館の写真展「日常の光」は、戦前から現在まで、6人の写真家による広島の姿を並べていた。

 この中に高田静雄(1909―63年)の15点があった。高田はかつて「砲丸王」と呼ばれた陸上選手で36年のベルリン五輪代表だった。競技者が写真家に転身するのは珍しいが、作品にはアスリートと、戦争の時代を乗り越えた被爆者としての視点が入り交じる。

 五輪出場後、38年ごろの撮影とされる「仲良し」は、五輪マーク入りの浮輪から2人の子どもがのぞく。1人は後に原爆に奪われた長女だ。このころ写真は趣味だった。

 中国配電(現中国電力)本店で被爆した高田は原爆症に苦しむ。孫で写真家の敏明さんによると、病床で手にした写真雑誌であらためてカメラに興味を持ち、研さんを積んだようだ。

 作品が増え出すのは54年ごろから。平和記念公園でたこ揚げに興じる子どもたちを捉えた「平和のこども」など、復興する広島を切り取っていく。

 一方でアスリートの練習風景にもレンズを向ける。3人の女子選手がストレッチをする「トレーニング」は選手の配置と息の合った動きが美しい。今回の展示にはなかったが、斜光に写し出された女子選手の指先から足先までをとらえた「準備体操」は、60年ローマ五輪の関連コンテストで入賞した。

 作品からは、かすかに戦争や被爆の痕跡も感じる。決して暗さはなく前向きな印象だ。敏明さんは「希望というテーマが感じ取れる。『今の世にそれがあるのか』と問い掛けているよう」と話す。

 今回展示しなかった作品も含め、来年春に広島市内での展示を計画する。戦後75年の夏に見たオリンピアンの写真は、巡り来るだろう2度目の東京五輪の年にさらに注目されるはずだ。

(2020年9月3日朝刊掲載)

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