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故三浦春馬さん ヒロシマに思い 生前 被爆者の梶矢さんから体験聞く

真摯なまなざし 平和希求

 俳優の三浦春馬さん(7月に30歳で死去)が生前、心を通わせた被爆者がいる。ヒロシマを語り継ぐ教師の会事務局長の梶矢文昭さん(81)=広島市安佐南区。3年前、三浦さんに被爆体験を語り伝える機会があった。「戦争のこと、原爆のこと。彼なりに一生懸命考え、役者として平和の尊さを伝えようとしていた」と明かす。(里田明美)

 2017年3月、三浦さんが自宅に訪ねて来た日のことを梶矢さんは鮮明に覚えていた。「被爆者の話を聞きたい」という三浦さんのリクエストがあり、元小学校教師で体験の伝承活動に励む梶矢さんに白羽の矢が立った。

 被爆当時、荒神町国民学校(現荒神町小、南区)の1年生。6歳の胸に刻んだ体験を、ソファに座り2時間ほど話した。爆心地から1・8キロの同じ分散授業所にいた2歳上の姉が建物の下敷きになったこと、自分は傷ついた人の群れに交ざり二葉山の中腹へ逃げたこと、死んだ姉を思い母は晩年まで涙を流したこと…。

 「一言も聞き漏らすまいという姿勢が印象的でなあ」。真っすぐに自分を見つめる三浦さんのまなざしが何よりも心に残っているという。「原爆のことを聞きたい、知りたい、そして自分の意見として持ちたいという思いがひしひしと伝わってきた」と振り返る。

 今年7月8日、三浦さんは中区のNHK広島放送局で、新型爆弾の開発に携わる科学者たちの苦悩を描いたドラマ「太陽の子」の記者会見に臨んだ。亡くなる10日前のことだ。

 「人間は想像力が欠如した時にすごくむごいことをする―。被爆者の梶矢さんからうかがった言葉です」。会見で三浦さんは梶矢さんの名前を出し、3年前に聞いた言葉を引用した。そしてこう続けた。「僕たちの仕事は想像力を皆さんに届けること。このドラマが想像力を働かせ、戦争を抑止するきっかけになればいいなと思うんです」

 今後の活躍を、梶矢さんは心から楽しみにしていた。それだけに訃報に触れた衝撃は「胸がつぶれる思いだった」と語る。「『よう頑張っとるの。いつも見よる、応援しよるで』と声を掛けたかった。少しは心を楽にしてやれたかもしれん」と肩を落とす。

 梶矢さんは、雑誌や新聞に掲載された三浦さんの記事をスクラップし、読み返す。「被爆者の心情、ヒロシマの痛みと真摯(しんし)に向き合おうとした。一生懸命に生きた姿を、わしは大事に心に刻み付けたい」

(2020年10月10日朝刊掲載)

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